35話
衣笠大の刃が自身の関節部ばかりを狙ってくるのは視線で分かった。対応する為に切断された二丁の銃から手を放し、黒蝶に分解、再構成を開始する。再構成を開始したばかりの武器に今度は攻撃が集中する。攻撃を受けるたび、集まる黒蝶が霧散と集合を繰り返す。
「どうした、魔法使い。具合でも悪いのか?」
眼前で刃を振るう男の顔は薄ら笑みを浮かべ煽ってくる。男の顔が直視できなくなっている。嫌で視線から外しているのではなかった。気づく。相手の移動速度が徐々に上昇している。それに合わせこちらの身体能力も改ざんを行う。同時に蝶の収束速度が鈍化する。必要な犠牲だった。そうでもしなければ対応できなくなってきていた。
「(蝶の集まりが悪い?余力が余りないのか?)」
鎌足霞の反応速度が自身の攻撃速度に対応しきれなくなってきていることにも気づかず、俺はただひたすらに刃を振るった。時計の砂が落ちきる瞬間のように、俺の限界時間も刻一刻と迫ってきている。相手への攻撃箇所を肉体から武器へ変えたのも相手能力の減衰が狙いだった。だがどれだけ攻撃しても蝶の収束は収まらず、彼女の武器は徐々に完成形を見せ始めていた。
「”distortion-E”」
それは鎌足霞の詠唱と同時だった。彼女の両手の黒蝶は収束を終え、完成した獲物から黒蝶が溢れ視界のかく乱を行う。衣笠大は引くことなく、ただひたすらに直線上にいると思われる少女に向かって突貫した。
直後、かく乱された黒蝶の中から一本の獲物が衣笠大へ投げ飛ばされた。獲物は彼の右足から生えた刃に直撃し、砕き、骨に突き刺さった。完全にバランスを崩されたその一撃によって、彼は舞台から転げ落ちていった。その光景を黒蝶の隙間から視ると鎌足霞は、衣笠大に刺さった自身の獲物を遠隔操作し抜き取り、自身の左手へと還した。
「終わりだよ、衣笠大。
あなたの体と魂はもう悲鳴を上げている。私にはまだ余力がある。
素直に首を差し出して、美夜古を解放してあげて。」
「解放…?」
「まだ気づかないの?
美夜古とあなたの関係はよく知らない。でも何となく見て分かる。
あの子とあなたは契約を結んでいる。それもかなり一方的。」
鎌足霞の言葉は俺の消えそうな意識を少しの間とどまらせた。美夜古がいたところに目を向ける。うっすらだが全身からの流血によって意識を失っている彼女の様子が見て取れた。なんでそんなことになっているのかまるで理解できなかった。
「だから私は、お前を殺す。」
鎌足霞はかく乱に使用した黒蝶を両手に持っていた獲物に収束させた。獲物の刃に黒蝶が滲んでいく。刀身は黒く染め上げられ、得体の知れない不気味さを放つ偃月刀が姿を見せた。
数秒後、彼女は俺の目の前から姿を消し気づけば俺の魂を喰いつぶしに目では追えない速度で迫ってきた。目の前で二刀の偃月刀が振り下ろされる。右足は動かない。余力はもうほとんどを使い切り、相手の魂を直視するのも限界だった。だからこれはただの思い付きからだった。右腕を浮き上がらせ、見える相手の額へと差し伸ばす。刃が俺の魂を刈り取らんと迫る。右手の拳の形を銃へと変形させる。人差し指と中指が銃口、薬指が引きがね。込める力は、”これ”しかなった。人差し指と中指の先で”蒼炎”が閃光の輝きを見せる。
「かかってこい、可愛い魔法使いさん。」




