31話
アタッシュケースには謎の模様が彫られていた。亀を襲う獅子に見えた。亀は獅子に嚙みつかれており、鋭い牙が流血を加速させる。流血は何かの模様を描くようにアタッシュケースに何かを刻んでいく。
「それはね、ここの研究者が唯一ここに残した実験成果。この世の真偽を証明する為に使われるもの。
獅子は使役するものを選定し、選定された者は真偽を証明しなければならない。」
「真偽の証明?」
「神秘を行使する魔法使い。神秘に順応する見習い、神秘に幻惑される成り損ない。
獅子は未来のあるものを蜜とし。」
鎌足霞は素早く拳銃を構え、アタッシュケースに発砲した。続けて二射目を俺に向かって放つ。一瞬の出来事だった。アタッシュケースは亀裂が入り、床に滑り落ちる。俺は反応が遅れ、腹部に弾を喰らった。俺は床に倒れ込み、アタッシュケースを引き寄せた。何故アタッシュケースを引き寄せたのか、身体が動いたのか分からなかった。ただ生物としての生存本能に近いような感覚がそうさせた。
「無いものに対しては一切の容赦をせずに、存在を抹消する。」
彼女はゆっくりと距離を詰めてくる。俺は残留した痛覚に苦しまされ身動きが取れなかった。
「あなたの判断は正しいよ。
確かに美夜古の言う通りあなたがあの炎を操るなら適合者としての素質は十分。
予感はしてた。でも確かめるまでは信じたくはなかった。
こんなタイミングで都合よくイレギュラーが出現するはずないって。」
「そりゃあ、嬉しいね。
俺はあんたらにとっちゃ悪者か?なんで俺を助けて、案内までした。」
「美夜古にどこまで聞いてるかは知らない。知ってほしかったの。
魔法使いっていうのはね騙し、騙される生き物。美夜古だってそう。
彼女は本当にあなたの見方なの?」
「つまり、あんたは俺を敵に回したくない訳だ。
アタッシュケースの中身か、俺の魔法、嫌な思い出でもあるのかな?」
苦し紛れの時間稼ぎという愚策をとったことに後悔する。時間があろうとなかろうと俺の生存限界は秒読みに突入していた。彼女の声、言動がそれを物語る。騙し続けてはきたが魂を視るのも再び限界が近づいてきていた。だが残された時間で彼女の魂を視る。彼女の魂が大きく躍動する。同時に右手に何かが籠められていく流れが微かに視えた。
「私の質問の答えを頂戴。」
彼女のその言葉を聞いた瞬間に彼女が美夜古に抱く淀んだ感情が浮上しているのに気が付く。そしてそれは俺の止まった思考を再起動させる起爆剤となった。
「お前、美夜古よりも弱いだろ?」
安っぽい挑発だ。だが激情に任せた今の彼女の思考回路には効果はあった。結局、自身の思い通りの結果を招こうとする場合は特に顕著にそれは外化される。表情を読み取る必要さえなかった。渾身の力で上半身を奮い立たせる。瞬間、俺の体は床を突き抜け下の階へと落下した。




