29話
視界が落ちた。何が起きたのか分からなかった。首を動かす。見えてしまった。四肢が引き千切られ、流血が始まる。校舎はそれを待っていたかのように俺の血を床から取り込んでいく。恐怖が走る。死を恐れた。生を願う。何者かが手を伸ばし俺を持ち上げる。終わったと思った。それしか思考できなかった。
「駄目だよ。相手の魂から目を背けたら。ちゃんと見て?」
俺は許された刹那の時の中で与えられた声から視る目の切り替えを瞬時に行った。脳に激痛が走る。ゆっくりと目を開くと俺は床にうつ伏せで倒れていた。
「ふふ。あなたが美夜古の友達か。」
俺はゆっくりと起き上がって目の前に立っていた少女に目を向けた。
「誰だ、お前」
「私は鎌足霞。美夜古の同級生で友達。案内してあげるよ、見習い君。」
命の恩人、と考えてよいのか。俺は温情を感じ彼女の誘いを受けた。
別室にて、松前美夜古は椅子に座り月を眺めていた。
「いいの?美夜古の友達きっと今頃あの子が手を出してるよ?」
少女の影は美夜古にゆっくりと語りかける。
「別に構わない。」
「どうしてあなたは彼にそこまで否定的なの?」
「そんなの決まってる。私は彼を否定したいから。
彼が私を信用しない限り、私も信用しない。」
「否定か。じゃあ彼は覚えていないんだ。
自分を助けた恩人の一人であるあなたとの関係。
そんなことで、私達を止めることが出来ると思ってるの?」
「お前には関係ないでしょう。」
「あるよ。あなたと遊ぶのは楽しい。振り向いてくれないんなら振り向かせるよ。
あの子がもうすぐ彼の目を覚まさせる。ここで見ていようよ。」
影の少女は部屋の扉をすべて開閉できなくした。見え透いた挑発に美夜古は乗りかけていた。衣笠大を置き去りにでもして帰りたかったが、立場上今後の立ち回りに注意しなければならない。美夜古にとって衣笠大は重荷でしかなかった。そこにコソコソとちょっかいを仕掛け、まるで状況を支配しているような悦にひたる顔をしてこちらを視る影の少女の存在が美夜古には心のそこから気に食わなかった。




