23話 それぞれの場所で
衣笠大がミヤマを下した同時刻、深山邸の広間では深山錦と美夜古は会話を続けていた。
「深山様、衣笠大は何処へ消えたのですか?」
美夜古は畏まった表情で深山錦に問うた。
「ん?ああ。お前には説明しておこう。
さっき言った通りさ。彼にとって始まり、そして終わった場所さ。」
深山錦にとって松前美夜古は懇意にしている松前斬院の弟子ということもあり、対応が丁寧になりがちだった。それを承知の美夜古も遠慮なく彼に質問できる。本当であれば、今の立場が無ければ自分は彼とあっても口は聞いてもらえなかっただろうと美夜古は思った。
「時空間魔法の一種ですか?」
「その通りよ。正確に言えば保存していた時間軸の解凍。
心配せんでも上手くやれば帰ってくるし、失敗すればそこまでだ。
我々の世界はそういう世界であろう?」
深山の答えに美夜古は驚きを隠せなかった。
あらゆることを可能にする魔法と言えど、時空間魔法等絵空事だと教え込まれてきたからだ。
「だったら、尚更私には理解できません。
私たち”ガーディアン”みたいなのまで編成して、なぜあの男の模造品を守るんですか。」
内底に溜めていた気持ちが爆発しそうになるのを必死に美夜古は押しとどめる。
“ガーディアン”、衣笠大という過去の英雄を現代に蘇らせるためにその器を守護する為に選定された魔法使い。その一人が美夜古だった。
「お前たちガーディアンの過酷な責務は承知している。
そして、レジスタンスの計画が綱渡りであり衣笠大復活がほぼ不可能であることもな。」
「だったら!!」
「止めて見せようか?」
美夜古は空いた口がふさがらなかった。この男は今計画を止めると言ったのか。
「117117人。昨日までのレジスタンス参加者の犠牲者だ。
この中には勿論、ガーディアンに選ばれた者も含まれている。
彼ら犠牲となった者達の意思を踏みにじり、後託されたもの達の意思を冒涜し、
お前はこの計画に打ち止めを行う。
それもまたいいだろう。私も正直飽きてきていた。
多くの衣笠大を見た。この関門を突破した衣笠大を見た。
だが、それでも奴はまだ出現しない。
これでは時間の無駄だろう?」
深山は部屋の隅にある机を見つめた。美夜古はそこへ視線を向けるとそこには無数の砂時計があり、サラサラと砂が引力にひかれ落ち続けていた。それが、美夜古には腹立たしかった。
「あの砂時計のように”ガーディアン”もあの砂の一部だと?
ただただ時間の流れに逆らわず、溜まっていくいくだけの……。」
深山は溜息をついて砂時計のある机にゆっくりと歩いて行った。
彼は1つの砂時計を右手で掴み横倒しにして、美夜古の方へ向き直りニコっと笑った。
それはまるで砂時計のように計画を止めることが可能だがやるかっと再度問うてきているようだった。
「私たちは止まりません。まだ、止まれない。
それが仲間との約束。
でもやっぱり今の状況には納得できない。」
美夜古がここまでガーディアンの仕事に異議を唱えるのにはいくつか理由があった。
一つ目の理由として、護衛対象の衣笠大の器が魔法も使えない一般人であること。
襲ってくる敵は藍央学園に所属する殺人に特化した魔法使いの精鋭たち。
この精鋭一人一人は今の美夜古とさほど力の差がない。
そんな敵から一般人を守ることは非常に難しい。
二つ目の理由は生存率の低さにある。襲ってくる敵はほとんどが複数人で襲ってくる。
黒染松月のように一人で狩りを行う者はある程度の実力を備えているものは例外として一人で襲ってくるがこれでも生き残るのは難しい。
三つ目の理由は人材不足だ。レジスタンスの数は今はもうかなり減ってしまっている。その中から魔法が使える者がガーディアンに選出される。だが、今は見習いの魔法使いまでもがガーディアンに選ばれ命を散らしている。
このような現状が続けばレジスタンスの戦力が削られ、人材の消耗を加速させるだけとしか美夜古には思えなかった。
「そう思うのも無理はないな……。
だがまぁ、今のこの状況で開花しているもの達もいるのだぞ?」
深山は黒い装束の上を脱ぎ捨て、上半身をあらわにする。
彼の腹部と胸部には肉を抉られたような跡と、弾丸を数発、喰らったような跡が残されていた。
「古傷ではない。治癒で癒えてはいるがこれは”衣笠大”に最近つけられたものだ。」
現在時刻、午後6時。場所は西区大沢。ここは魔法使いと一般人の共存エリア。
人々が寄り付かない、裏路地で狩人たちは獲物をしとめにかかっていた。
「あ“っ”ぁぁ……」
二人の魔法使いは脳天を撃ち抜かれ、その場に倒れた。
その二人を静かに遠くのビルからライフルのスコープ越し青白い炎が灯った瞳で”衣笠大”が見つめていた。
スコープが一瞬暗くなる。
「ちょっと?!衣笠?!あんたいい度胸してるわね!!
ガーディアンを囮にする護衛対象なんか聞いたことないわ!!」
構えていたライフルの正面に現れたのは自分のガーディアン、”可茂しだれ”だった。
「悪かったよ!もうやらないから!
だから許してくれって!敵さんは倒したんだからさ~!」
衣笠大はニコニコしながら悪気が無いような言い方で彼女に謝った。
この”衣笠大”はひょうひょうとしてどこか能天気さを感じさせる明るくて元気な奴。
それが彼女、”可茂しだれ”が感じていた印象だった。そして、その態度がいつも癇に障る。
「うるさい!!」
彼女は衣笠大を蹴り飛ばした。
同時刻、南区奥丁。ここはレジスタンスが多く潜伏しているスラムエリア。
建築物は老朽化が進み、衣食住がどこも整っていない居住者ばかりで素行が悪い人間の集まりが多いことで有名だった。
常にいたるところで物の奪い合い、暴力、殺人、窃盗、あらゆる犯罪が横行していた。弱肉強食の世界と化しているエリアに”彼女たち”はいた。
「俺を殺すのか……?
ごほっ!ごほっ!……。
出来ねぇだろうな?!嬢ちゃんみたいなあまち……っ!!!」
男は少女の青白い炎が灯った左腕で腹に風穴を開けられ、そのまま息絶えた。
返り血が少女の体に飛び散った。
「汚れた……。」
少女は左腕に刺さる男を傍にあったゴミ箱に投げ捨てた。
投げ捨てた男の死体からまた血がまき散らされる。
「おい、俺も汚れたぞ。
それに、あの男はレジスタンスで仲間だった。
この落とし前、どうつけてくれるんだ?おい、聞いてんのかキヌ?!」
キヌと呼ばれた少女は怒鳴って怒ってくる青年のほうへ体を向けた。
青年の着ていた白いシャツは真っ赤に染まっていた。
「斬新なファッションね、玖島釧路。
汚いわ、絶対に寄らないでね?」
少女は静かに、淡々とそう言った。裸足で来ていた白のワンピースを真っ赤に染めた少女のあり様が玖島釧路には現実のものと理解したくなかった。
「お前なぁ?!自分が衣笠大だからっていつまでも俺に守ってもらえるとでも!!」
「は?ふざけたことぬかしてるともう守ってあげないわよ?」
「キヌさん!これかれもどうぞよろしくお願いいたします!!」
この少女”衣笠大”とガーディアンの青年”玖島釧路”は他のペアと比べるといささか関係性がおかしかった。
同時刻、深山邸。




