22話 満たされる飢え
体が硬直する。時間が止まっているように、周りの動きが急に遅くなっていく。
ミヤマが凶器を持って迫ってくる。だが、奴の動きはとても遅かった。
安堵できたのは一瞬。俺の体はその場から動けなかった。
そして、脳裏に何か記憶のようなものが流れ込んでくる。
暗黒の世界で星を縫い合わせるように、刃を振るう女剣士。
それと刃を合わせ、追い込まれる蛇と人間が交じり合ったような異形の剣士。
何か叫び合いながらそれぞれが互いの急所を狙いあう。
その中で、女剣士の刀が分裂し蛇へ化ける。化けた蛇は集合し、また刃へ戻る。
その度に刀の大きさも、刀身の長さも変化していく。
蛇の声がする。私の魔法は分裂と集合なのだと。
蛇がその身を溶かしたものであればすべてがその分裂と集合の対象となる。
“良かったな人間。
あの女が神秘への扉を開いてくれたお陰というものだ。
初めてにしては上出来だろうよ。
さっさと唱えて見せろ。”
「戦闘、解放。突貫戦闘術式、右腕に展開。
特異型鎮圧兵装、準備、完了。
蒼炎が舞う。」
与えられた肉体、そこへ流し込まれた神秘からの贈り物。
俺は無我夢中でその力に手を伸ばした。
この時、ふと思った。
どんなにすごい力があっても、結局それをひとは戦いの道具にしてしまう。
使い方によっては人の世に幸明をもたらす。
だが生命の本能なのだろう。
生存競争に躍起になったものほど、”敵”の声や思いは入ってこない。
ただ相手を消せばいいのだから入れる必要がない。
ミヤマの振り下ろした刃を躱す。俺は右腕に握った”縁”に蒼炎を纏わせていた。
隻腕であることを忘れ、ただただ目の前にいる男の命を狩り取ることだけに集中する。
不思議とこの戦場は静かな気がする。
2人の命を削り合う音だけが鳴り響く。
この空間を取り巻くものは殺意のみ。
ある意味、生命にとって最も正しい姿であり無駄がない在り方。
心のどこかで俺はこの戦いを楽しんでいるという自覚があった。
どんな綺麗ごとを言おうが、結局生命は自分飢えを満たしたいのだと俺は思った。
今の俺の飢えは、命を懸けた殺し合い。
自分の知りたい事など頭から抜け落ちていた。
気付いた時にはミヤマは青白い炎に包まれ、膝を地面につき夜空を見上げていた。
はぁはぁはぁ……。
俺は酸欠状態になっていた。そして、そのまま地面に倒れ込む。
「ふははははは……。
心地よい時間であった。
衣笠よ、老人からの要らぬ知恵をやる。」
俺は返事ができなかった。
「どんな力も結局はこういう結末を作り出せてしまう。
手にした力の重み、そして責任。これはお前を生かしもするし、殺しもする。
生まれ持った富、名声。育つ過程で得た知識や技能もこれに入る。
己の飢えを満たすために得た力を何にどう使うのかよく考えることだ。」
そんな言葉を残すとミヤマは灰となって消えた。
命を削り合ったはずの剣士の去り際というのは実にあっけないものだった。
そして、剣士の残した言葉は何故か俺の中にすっと入ってきて残り続けた。




