17話
魔法使いは少年の痛みを知覚しなかった。彼女の感覚は衣笠大にかけられた祈りを壊す為だけに費やす。
彼に祈り、願い、希望を託した少女は彼の事だけを想い姿を消した。
そんなただの少女だった高木八重の願いを壊す役割など託されたくはなかった。
そして、彼は彼女の想いを知らずに断ち切ろうとこの場所へと現れた。
魔法使いは高木八重の気持ちを裏切ってほしくないと、彼の出現を望めなかった。
しかし、後に起こるであろうことを高木八重から知らされていた魔法使いには、彼にとってはこれが最善であり、希望と可能性を残せるという想いと彼の出現によって躊躇いは消えていた。
ぐしゃりと音が鳴る。よくわからなかった。
彼女の手が瞳に伸びたと思ったら知らない痛みが脳を襲う。真っ暗だった。光が欲しかった。
何かを与えてほしかった。そして、瞳のあった場所に何かが埋め込まれる感覚があった。
ゆっくりと瞳を開ける。
初めに瞳に映ったのは蒼白な月を後ろに顔が半分血で染まって、涙を流していた高木八重の残したもう一人の彼女だった。
「閉じられていた扉を開きました。
私の役目はこれでお終い。私の、彼女の…どうか。」
彼女の弱まっていく身体の重みを受け止める。彼女は俺に痛みを与えたくはなかったのだろう。
俺の中でゆっくりと眠る彼女は役割を終え、眠りにつこうとする生命の終わりそのもののように見えた。
「何なんだよ……、これ。」
結局、ここでもまた衣笠大を利用された人間の最後を見届けることになった。
自分もいずれこうなると、諭されているような気分だった。
「悲しく、儚い……。道化として生み出され、いくばくも待たされた命。
与えられた役目がよもやこのようなくだらないものとは。
興ざめもいいところだ。それでは何も、何も……。」
その声はゆっくりと俺に忍び寄ってきた。
彼女の託したものに対して失意する男がいた。男は彼女の倒れた後ろに立っている。
月を眺め、男の薄い笑い声が夜闇に響く。
それに呼応するようにこの場にいる生命が彼女のすべてを笑う。
今までのこの場で起こったことをわざと演出し、鑑賞し、嘲笑する奴は敵となった。
「余興は終いだ。現在を生きる”衣笠大”よ。
痛いか、怖いか?
多くの希望を託され、多くの願いが詰められた箱、”衣笠大”。
この切開された時空間に残された時間は少ない。さぁ、来い。
最後の持て成しをする準備は整っている。」




