16話 待ち人
懐かしい声がした。その声はつい先ほど自分が何をしていたのかさえ忘れさせる。
優しくて、心を許してくれるようなそんな声。その声に聞きたいことがずっと、あった。
「そろそろ、起きなよ?」
声の主は優しくそう言って俺を起こしてくれた。彼女は寂しそうに空を見上げていた。
満天の星空が夜闇の中に浮いている。決して届かない場所にあるはずの、人類未踏の輝き。
だが彼女はいとも簡単にその輝きに触れることができるのではないかと感じさせる。
俺はゆっくりと起き上がり、彼女の横顔を見る。再会は鼓動を早め、安心と恐怖の両方が自身の内側でざわめく。
「5年ぶりだね。」
彼女は今まで何事もなかったように優しくそう言って、衣笠大との数年ぶりの再会を笑顔で迎えさせてくれる。
「ああ、元気……だ。」
記憶にかかってた靄のような感覚が打ち払われる。
目の前にいるのは恐らく、”衣笠大”と親しかった少女。
俺の脳内に衣笠大と目の前にいる女性の一部の記憶が情報として流れ込んでくる。
知っているが、知らない女の子。だからこそ、俺は不安になる。
彼女との再会が俺という”衣笠大”の皮をかぶった誰かでよかったのだろうかと。
彼女は俺の額に触れ、目を瞑った
「ごめんね、君の記憶を見させてもらった。
いきなりこんなことになってるだろうし混乱してるよね。」
俺は焦った。彼女に何を話せばいいのか分からない。
「ありがとう、”衣笠大”。
私の名前は高木八重。5年前に”衣笠大”と行動を共にしたものです。
そして、この場所、時間、そして私は”彼女とあの人の遺産”。」
「あんたは高木八重本人ではないんだな。
本物は何処で何をしているんだ?」
彼女は答えてはくれなかった。
「私は役割を果たすためにあなたを待っていた。」
「役割?」
「あなたにかけられた魔法を解きます。」
高木八重は俺の返事を待たずに顔をこちらに向け、唇を合わせてきた。
心拍数が跳ね上がった。唇を合わせたからではない。彼女の気持ちが嬉しかったからではない。
舌を何かでゆっくりと、甘く、撫でられる。そして、分かった。獲物が舌を貫いた。
魔法使いは衣笠大の口内から溢れ出る紅い蜜で自身の口内で満たす。
彼の意思を無視する。彼の気持ちを無視する。彼の反応を無視する。
口の外へ溢れる蜜。魔法使いはそれらを零さないように、両手で口を覆う。
魔法使いは自らの舌を傷つける。異種の蜜が魔法使いの口内で溶け合う。
蜜を両手に滲ませる。そして、口内に溶ける蜜を彼に還す。
衣笠大は受領するしかなかった。魔法使いの心を許し、感情を許し、身体を許す。
そして魔法使いは彼の瞳に映る夜空を、密で清めた手で犯す。
「あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ!!!!!!」




