15話 深山 錦
招かれた居間へと入る。部屋は洋室でアンティークなインテリアが多く置かれていて、まるで別の国に来たかのようだった。
老人に言われ、置かれていたソファーに腰掛ける。彼は3つのマグカップに紅茶を淹れ、俺たちに差し出してくれた。
「礼を言う。愛刀”大蛇”の修復は叶わないと思っていた。
友人の忘れ形見、どうしても直したかった。」
老人は優しく、愛刀”大蛇”を撫でる。まるで思い出に浸るようなその姿にはどこか寂しさを感じさせる。
「あんたも魔法使いなのか?」
「あんなものはもう時代遅れさ。
これからはデジタルの時代だ。」
そう言って老人はスマートフォンを懐から取り出し、俺たちに見せてきた。
後で知ったがスマートフォンは最新機器だったようだ。
この老人は時代に合わせて生き方を変えることができる人間なのかと俺は思った。
老人は立ち上がり、俺たちが持ってきた大蛇という刀を机の上に持っていった。彼は机から一匹のフクロウを取り出してきた。
「遅れたな。私は"深山 錦"という。
この西区でひっそりと身を隠し生きている隠居爺だ。
さて、本題に移ろう。」
深山の肩に一匹のフクロウがとまった。フクロウは目を光らせ何かの映像を俺たちに映し出した。映像の中には学校のようなものが映っていた。
「映像に映っているのは藍央学園だ。現代を生きる魔法使いを絶滅させる組織。
つまらんことを考える連中だ。」
映像はその近くの路地裏に移っていた。そこには一人の人間が赤い瞳をした人間に殺されかけていた。
「そして、抵抗する魔法使い勢力。
彼らは藍央学園の策謀から脱するためにある計画を立てた。」
老人は笑みを浮かべ、俺の方を向いてきた。
「それが”お前”さんだ。”衣笠大”よ。」
その言葉で合点がいった。俺のほかに衣笠大がいる。そして”衣笠大”はなぜか藍央学園が躍起になって探し回り殺そうとする。それは確かに狩られる魔法使い側にとっては藍央学園に対して目くらましになる。
「”衣笠大”ってのは一体何なんだ。」
俺は胸の内に秘めていた疑問について老人に聞いた。
「”衣笠大”は藍央学園から抜け出し、抵抗運動を始めた最初の魔法使いだ。
5年前、当時藍央学園のナンバーズの最強、ファーストと戦って行方不明になった人物。
反抗勢力にとって衣笠大は英雄であり、希望だった。」
深山は部屋にある天井に描かれた西洋で描かれたような油絵をじっと見つめる。絵に映り込んでいたのは劫火の中で剣を持ち立ち尽くしている騎士が描かれていた。
「5年前の戦いで、衣笠大は抵抗勢力をまとめ上げ、藍央学園と戦い敗れた。
力ある者は命を絶たれ、捕縛された。寝返るものもいた。
今の抵抗勢力にはもう力がない。
弱者の寄せ集め、形と名ばかりの勢力になり困り果てていた時だ。
英雄を甦らせようと、乏しい知恵と技術で形だけを見繕った。」
「それが、俺か。」
「然様。生きた人間を媒体に魂を衣笠大に変質させる愚かな魔法だ。
だが、抵抗勢力の彼らには生きる希望が必要だった。」
俺は深山に掴みかかろうとした。深山はそれを読んでいたように、襲い掛かる俺の右腕をいなし俺の体は床に組み伏せられた。
「同情はせん。
そんなことを考える余裕すらもう彼らにはない。
お前はただ生きろ。生きて生きて、生き続けろ。
それがお前の、この町での役割だ。」
深山の力には芯があるように感じられた。それほどに重く、強かった。
だが、利用されているだけで俺の心も黙っていられない。
「深山!あんたもその抵抗勢力なのか?!」
深山は答えなかった。
「私はただ物事を傍観し、魔法使いの行く末を見届けることを生きがいとしている。
ただ隠居してなまけていると、呆けてしまうのでな。」
「クソ爺!!」
「この衣笠大は血の気が多いな、美夜古。」
美夜古は入れられた紅茶を飲みながら微笑む。組み伏せられた警護対象を嘲笑うように表情は悪いものだった。
「では、今度は私の用事を済ませる。」
深山は床に落ちた杖を持ち、床に擦り付けられた俺の顔の真正面で思いきり杖を突いてきた。美夜古は驚き、立ち上がった。止めに入ろうとしたように見えたがもう遅かった。
「第八の蛇よ……。」
深山の発したその言葉は詠唱だった。
そして俺の体は床からさらにその下に沈み、意識も深い闇に落ちた。
「会うべき者に会い、己を知れ。
そして、”衣笠大”ではなく、”お前”はこの町で何をしたいのかを……。」




