12.7話 ワタシ ハ ダ アレ
藍央学園、鎌足市に潜む魔法使いを殲滅するための本拠地かつ学び舎。
生徒数は約1000人。
組織の大半がこの学園の学生であり、魔法使いの見習い。
そして彼らを魔法使いへと育て上げる10名の魔法使い。
それぞれが教師と生徒という役職を持ち、”来るべき戦い”に備えている。
藍央学園には東西南北に分けた校舎が4つ存在する。
そのうちの1つ、北校舎で黒染松月はある魔法使いと対峙していた。
「いい加減に答えろ。
戻ってきた衣笠大、それに誘われるように出てきた黒い獅子。
お前らが知らない訳がないだろう。」
黒染松月の疑問をぶつけられている魔法使い。彼はこの学校にいる魔法使いの一人。そして、鎌足市の魔法使いを殲滅するために組織を動かしている管理者の一人。だが黒染松月の質問に魔法使いは沈黙を続ける。
「松前美夜古まで出張ってきやがった。」
その言葉を聞いて、魔法使いは瞬時に黒染松月の背後に回り込み彼を組み伏せた。
頭を上から手で思いきり押さえつけられ、背中に体重を乗せられてうつ伏せ状態となる。
「お前が遭遇したものと類似した案件が既にいくつか報告されている。」
魔法使いの言葉に黒染松月は流石に動揺した。
「他にも衣笠大に黒い獅子を見た者がいると。そういう事か?」
「否、だが惜しい。
衣笠大、それをこの学園のものが聞けば恐怖しよう。
それを防ぐ為、私は確認、報告された”衣笠大”なる人物を”すべて”殺している。
報告され始めたのは1週間ほど前からか。
現時点で確認されている”衣笠大”は50人を超えている。
そしてそのすべて、私が手を下した。」
魔法使いの力量を黒染松月は知っている。武装し、鍛え上げられた軍の一個大隊を一人で相手し無傷で完勝する程だ。その力を見込まれて彼は藍央学園にいる。だが彼ほどの人物が自ら動く案件等そうはない。それは彼が動くことで鎌足市に潜伏する魔法使いたちが警戒し動きを悟られないように隠れて動くようになるからだ。
「この町に巣くう”鼠”にとって”衣笠大”は英雄だ。
あれから5年経つというのに未だその希望の目は残っている。
それは私たちにとっては脅威そのもの。
お前を突き動かすのも道理だ。
だからこそ感情をコントロールしろ。
鼠どもの”衣笠大”の替え玉などという見え透いた罠にはまるな。」
「分かった、放せ。」
黒染松月の落ち着いた声を聞いて魔法使いは彼の拘束を解いた。
「一つ聞きたい。あんたが殺した”衣笠大”は魔法を使ったか?」
「使う者もいれば、使わない者、使えぬものもいた。
恐らく、何も知らされず”衣笠大”になった一般人もいたのだろうな。
そうとも知らず、美夜古の奴ものせられているのだろうよ、あの男にな。」
「あの男?」
「松前斬院、くえん男だ。
松月、この世界の魔法使いとはどのようなもののことを言う?」
話の腰を折るような疑問を魔法使いは黒染松月に投げかけた。
「超古代から神秘性を受け継いでいる魂。それを宿した生命体に自身の魂を提供、共生関係になった奴のことを魔法使い。違ってるか?」
黒染松月は説明しながら傍に合った椅子に腰を下ろし、前かがみになって退屈そうに肘をついた。
「そうだ。超古代から神秘性を受け継いでいる魂。すなわち超常的な存在。
妖精、幽霊、空想とされる生物たちは少なからず現代に存在している。
そしてそれらを知覚する人間。
空想とされる彼らは人間の魂を好む。食となるからだ。
そして稀に彼らは人間に自らが持つ超常的な力を使えるようにする。
そこで魔法使い、見習い、成り損ないの3者が生まれる。」
同時刻、衣笠大は美夜古から黒染松月と魔法使いがする話と同じ話を聞かされていた。
2人は家に戻り、茶の間で体を休めながら会話を続ける。
「魔法使いと見習い、成り損ないの違いって何なんだ?」
衣笠大の疑問に美夜古は答える。
「魔法使いとは、空想とされる生き物からの力の受け渡しを受け入れ、力を扱えるものを指します。
見習いは、受け渡された力をある程度制御できるまで、能力を制限する魔法をかけられたものを指します。
成り損ないは受け渡された力に身体が拒絶反応を起こし、魂を喰われた肉体の所有権を奪われた者を指します。」
「美夜古、お前は今見習いなんだよな?」
「ええ、そうです。」
「力を制限されててあの強さか。
恐れ入った。そんな力もった奴らがこの世に隠れていると思ったら確かにおっかない。
藍央学園だったけ。そいつらの魔法使いを消そうって言うような考えが出てくるのもうなずける。」
「考えが出れば、相反する考えも必ず出てくる。
私たちの目的はこの鎌足市という監獄から抜け出すこと。
そして藍央学園を壊滅させることです。」
足元に置いてあったコップを手に取る。コップを満たす茶の水面に月が写り込む様を見て、自身だけがこの状況についていけていない孤立した存在であることを思わせられる。
「なぁ、結局俺は何処の誰なんだ。
黒染松月は俺のことを侵略者って言った。
でも俺には5年前の記憶はない。それよりも前の記憶だって曖昧だ。」
自分の抱いている最大の疑問を彼女にぶつける。
だが心は酷く落ち着いていた。何となく考えられることがあったからだと思う。
「あなたは”衣笠大”を与えられた誰か……。
そう……、聞かされています。」
辛さが滲んだ言葉だった。
俺の心には少しの安心感が生まれた。
衣笠大という誰かの過去を背負うことにならなかったからだと思う。
もし背負ってしまえば、多分俺はそれに押しつぶされてしまう。
それだけ衣笠大という人物の重さを俺は今感じている。
「あなたと同じ境遇の方々が今この町には数名います。」
彼女はそれに続けて、衣笠大が敵に狙われる存在、そしてこれまでに自分と同じ衣笠大を与えられた人間が死んでいることを教えてくれた。誰一人として衣笠大は生き残れず、そして死んでいった誰かと彼女が一緒にいたことも。
「目的の為に人の命を消費するなんて普通じゃない。
お前たちは狂ってる。
俺は、死にたくない。大義も理念も思想も知った事じゃない。
俺の人生を、返してくれ……。」
誰かに刷り込まれた偽物の人生を作られて、利用されて死ぬなんかごめんだ。
俺は自分を取り戻したい。取り戻して、俺がいたはずの日常にもう一度戻りたいと思った。
「なら、戦うしかない。
戦って、戦って、戦い抜くしか生存する方法はない。
あなたには、もうそれしか残されていない。」
「戦うって……。
俺はただの人間だ。お前らとは違う。
戦いにすらならない。」
「戦うための手段は残されています。
あなたも、魔法使いになるんです。」
「そんなの……、どうやって?」
「あの黒い獅子です。あれと契約し、力を得るしか方法はありません。」
「あの黒いライオンと?」
「あれは神秘性を宿した幻想の生命そのものだった。
あれともう一度会い、戦って、屈服させるんです。」
美夜古と黒染松月、両名が姿を見ただけでその場を去ることを即断させたあの黒い獣と対峙することはどのみち俺の死を意味しているとしか思えなかった。
「お前らが見ただけで逃げることを選んだあれともう一度?
ふざけるな!それこそ死んじまう!」
俺は結局、美夜古から見ればただの道具に過ぎない存在としか思われていないことに気付いた。そこからこみ上げるものはただの爆発した怒りの感情だった。
「ええ、私たちではあれと向き合っただけで死を感じた。
すでに神秘と契約した私たちでは”純粋な野生の神秘”には歯が立たないから。
正確にはあの状態では、ですけど。
でも、そこは重要じゃない。」
美夜古は言葉を続ける。
そして、藍央学園、北校舎での魔法使いと黒染松月の会話もまた続いていた。
「野生の純粋な神秘、それは意味もなく現れたりはしない。
そうだよな?」
黒染松月の質問に魔法使いは答える。
「そうだな。お前の言う通り、黒き獅子が現れたということはそれが好む魂がその場にいたことを意味する。神秘が姿を現す条件は未だ判明してはいない。神秘の目的は”食事”と決まっている。そしてその標的として魔法使い、見習い、成り損ないは対象外となる。」
魔法使いの答えを聞いて黒染松月は自身の不安が的中したことを悟る。
「この案件、放置すれば新たな魔法使い誕生となろうな。
衣笠大、そして獅子の魂を持つ神秘。
誤差はあれ、組み合わせとしては好ましくない。」
魔法使いの言葉には明確な殺意が込められていた。そう、衣笠大への純粋な殺意。
つまり、この魔法使いが次の標的を定めた、そういうことだ。
「獅子はあなたの魂を狙っている。それは藍央学園もつかんでいる情報。
このまま何もしなければ、あなたは敵の刺客を相手にしなければならない。
そうなればあなたは無抵抗のまま殺される。」
美夜古は現実を俺にたたきつけてくる。
「何が、言いたい?」
「2択なんですよ。敵の刺客に殺されるか。
獅子と対峙し、力を得られることに賭けるか。
どちらか一つです。」