12.5話 東区"糸括"
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「あなたの暇つぶしに付き合う時間はありません。
あ、散歩に出かけるなら気を付けてください。
……区には、……ったいに、……が……すから。」
彼女はあの時、最後に何と言ったのだったか。忘れてしまった。
ここまでの流れで彼女は俺の監視役なのではないかと思っていた。だがそうでもないのかと疑い始めてしまう。
鎌足市、東西南北の四区に分けられたありきたりな地方都市。寝床として与えられた新居は北区。北区は森が多く、自然に囲まれたのんびりとした雰囲気に包まれた空間が広がっている。そこからバスに乗って俺は東区へと移動した。
東区、糸括という場所で俺は降りた。
ただの気まぐれで降りてしまったこの場所は、不思議な雰囲気に包まれた場所だった。西洋の街並みと江戸時代、城下町を彷彿させる街並み。このような場所は何処か探せば鎌足市以外にもあるだろう。
だがこの町だけが持っているような異質さがこの東区、糸括にはあった。
糸括を数十分ほど散策した。
このエリアの建築物は酷く老朽化が進んでいる。そして、町中から漂う弱い腐臭。気にしなければどうということは無い。だが北区周辺ではこのようなことは無かった。
よくないものが体に入り込んでくるような感覚もあった。美夜古の言っていた毒素だろうか。
なぜこんな場所で降りてしまったのだろうか。違和感がこみあげる。本当にただの思い付きでここに降りたのだろうか。ひとまず休みたい。
俺はバス亭の休憩所を見つけ、中にあった椅子に腰を下ろして一息ついた。重いため息がでる。瞼が重かった。
時刻は午前10時30分。まだ午前中だというのに意識が遠のくのを感じる。
しばらくして、誰かに身体をゆすられ現実に意識を引き戻される。
「おい、起きろ」
声の主はやけに起源が悪そうだった。
目を開けるとそこには黒いスーツに身を包んだブロンドの髪をした高校生くらいの青年が立っていた。
「そこは俺の寝床だ。どけ。」
青年は強い物越しで俺の座っている場を欲しがった。揉め事も面倒なので俺は素直に席を譲って向かいのベンチに座る。
「お前、糸括は初めてか?」
青年は目の下に大きな隈を作りつつも、威厳のある顔で聞いてきた。
「ああ、初めて来たよ。糸括は不思議なところだな。
ここにいるとなんだが、酷く、疲れる。」
俺は寝起きなせいか、余計なことまで喋っていた。
「その反応、その状態。お前、一般人だな。
なら早く出ていくことだ。ここはお前にとって毒でしかない。」
毒、聞き覚えがある。美夜古が言っていた毒素、ここはその濃度が高いのだろうか。
「でもそれは魔法使いにとってはだろう?」
俺の質問に少し相手の青年は驚いていた。
「魔法使いを知ってるのか。まぁここまでくれば当然か。
そうだ。ここでも毒素は飛んでいる。糸括の毒素濃度はどの街よりも高い。
一般人にも影響が出るほどだ。だからここの人口は減る一方だ。
それに、……ん?」
青年が喋る中、突如外から徐々に強い振動が伝わってき始めた。
ズン、ズンっと得体の知れない何かが真っすぐこっちに。
車でもバイクでも飛行機でもない。
俺は外に飛び出した。
目の前には全身が真っ黒の人の形をした人形が一つだけ立っていた。
ひとりでに動けないはずのそれは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
それに表情はなく、感情はない、ただの動くだけの人形。そう、思った。
人形はこちらに手を振ってきた。奇妙な汗が額から零れ落ちる。
ただの挨拶だ、挨拶に違いないと心に言い聞かせる。だが遅かった。
背後にあった休憩所が爆散、消し飛んだ。
爆風が俺を人形の方へ吹き飛ばす。
人形はしゃがみ込み、俺の顔を覗き込むようにして今までになかった笑みをそれは浮かべた。
俺はよくわかなかったが、死んだ。そう、思った。
「自分から向かって行くとはな。
自殺願望だったか。それには俺は介入しねーよ?
けどな?人形、俺の寝床を爆破したのは別問題だ。」
爆破に巻き込まれたはずの青年はかすり傷一つなく、爆炎の中から歩いて出てきた。
人形は立ち上がり、青年の方を向いた。優先すべき対象を俺からあの青年に変えているのに、俺は気づいた。
「”鎌足の奴”、わざと俺の方にこいつを押し付けやがったな。」
青年は誰かに対して愚痴をこぼす。
「おい!あんたこの人形は何なんだよ……」
俺は人形のことを青年に問うた。
「うるせぇよ、一般人。俺には墨染松月って名前があんだよ。
これが”鎌足”の尻拭いじゃなけりゃ、俺が動く必要もなかったってのに。」
青年、黒染松月は面倒くさそうに、鎌足という人物に対して愚痴をこぼす。
こちらの質問は完全に彼の耳に入っていなかった。
「Snow white」
黒染松月は、独り言のようにそう呟いた。
彼が立っている場から半径10mくらいだろうか、冷気が立ち込める。その空間の変化に周りが適応するかのように、冷気が徐々に広がり始める。
全身を寒さが包み込む。凍えるような寒さは、それまで普通だった周囲の環境を一変させる。
強い視線を感じた。今までこの場にいなかった、凍てつき、体を突き刺すような感覚。
女がいた。女は右腕を黒染松月の首に掛け、彼にもたれかかっている。彼にだけ救いを求めるように、唸り声をあげる。彼の命を奪おうとしているようにも見える。
女は人間の言葉を喋らない。女の全貌ははっきりとわからなかった。ただ女であり、右腕があることだけが分かる。それ以外の情報が得られない。
「月の船」
黒染松月が女に指示をだす。音が響いた。やって来たのは静寂だった。
「一般人、もうここへは来るな。
ここはお前の望みを叶えてくれるような場所じゃねーんだ。」
黒染松月は糸括が危険性を言ってくれていた。
彼はゆっくりと後ろを向き、そのまま歩きだして何処かへ向かおうとした。
「黒染松月、あんた何者なんだ。
せめてさっきの人形が何なのかくらい教えてくれ。」
彼は歩みを止めずにそのまま進む。
俺は後をずっとついて回った。何度か巻かれそうになったがそれでもついていく。
何としても話を聞かないと気が済まなかったからだ。
彼が進んでいく道は不思議、神秘的な雰囲気に包まれていた。神秘的、そして怪奇的。
ある場所には、廃ビルが立ち並んでいる。都心だったのではないかと思わせる。地に根を張り、人の作り出したものを食い殺すように緑が空間を汚染する。人工物に抵抗する力はなかった。
自然の、緑の色は黒かった。
ある場所には、住宅街が広がっていた。この空間にも緑が満ちていた。どうやらこの場所にはほとんど人が住んでいないようだった。十軒中一軒に住んでいか、いないかのどちらか。
住んでいる住民の身なりは普通だった。だが、町と同じく住民たちも雰囲気がくらかった。
ただ、寂しい街並みが続く。
彼は錆びれたドーム状の建造物の中に入っていった。
俺も追うようにして中に入った。
老朽化が酷く進んでおり、天井には大きな穴が開いている。ドームは錆びついた鉄の骨組みのみが残り、それが町にあった緑を覆っていた。光を通すことをドームが拒んでいる。
ドーム内に彼の影はなく、静寂がドームの中を満たす。
「いつまでついてくる気だ?」
彼の声のみが静寂の空間に響く。
「俺に殺して欲しいのか、一般人?」
高圧的な口調には殺気が込められていた。
彼が人形を倒した時に放った冷気がドームの奥、暗がりから広がり始める。本気だった。
「一般人じゃない。衣笠大だ。」
天井に備え付けられていた大型の照明が、足元に四つ勢いよく足元に落下してきた。照明は落下の衝撃に耐えられずに砕け散る。そして、熱が灯らないはずの砕けた証明に光が灯った。
足元の照明が俺の顔を照らす。俺は、彼の殺意に真っ向から挑むことにした。
もとの俺は世界から抹消身だ。彼に殺されたところで、俺の心配をする者などもういない。
「そうか、お前が……。
衣笠、大か。」
殺気が消えた。同時に立ち込めていた冷気を薄くなっていく。
「人形、あれは鎌足市のどこにでもいる怨霊。基本的には無害だ。」
気が変わってくれたのは嬉しかった。だが彼の言う言葉には矛盾を感じた。
無害なものがなぜ襲ってくるのか説明が欲しかった。
「稀にさっきの奴みたいに襲ってくる奴もいる。
普通の一般人には見えない。見える奴には見えるみたいだけどな。」
「なるほどな。けどなんでそんな魔法使いたちの怨霊なんてものがいるんだ。」
「なんだ、お前。美夜古から何も聞いてないのか。」
黒染松月の口から予想外な人物の名が出る。そして、やはり知らされていない情報があることが確信へと変わった。
「鎌足市ってのはな、”魔法使いを絶滅させる” 為の実験場なんだよ。」
「絶滅……?」
俺は彼が話始めたことを受け止めきれなくなりそうだった。
彼の言うことが事実だったとしたら俺や美夜古、斬院たちはどうなる。
「これまで魔法使いってのは一般人から姿をけして、その力を隠匿してきた。
だが結局、魔法使いも人間。魔法は見え方が珍しいだけの暴力。
定めたルールを必ず人間は破る。
世界は魔法使いを忌むべき対象と定めた。
その結果がこの鎌足市というわけだ。」
松前斬院から話を聞いた時、魔法使いの数が少ないとは思った。その理由がやっとわかった気がした。
「鎌足市の中で最初の実験場として選ばれたのはここ、”糸括”。
魔法使いを殺す毒素の濃度は一番濃く、それは一般人にさえ影響を及ぼす。」
ドームに響く彼の声には不気味に静かだった。
「なら黒染、あんたもこのままだと死ぬんじゃないのか?
どうして黒染は糸括にいる?」
与えられた情報が事実だとすれば、この糸括にいる人間はいずれ死ぬことになる。なのにこの場にいるということは何か理由があるはずだと思った。
「そうでもない。お前と同じでな、俺にも立場っていうのがある。
藍央学園、表向きはただの高等学校。
裏の顔は、魔法使い討伐兵器育成機関。」
藍央学園がそういう場所だとは知らなかった。緊張で汗がにじみ出る。
「その育成されてる討伐兵器って言うのは、なんなんだ?」
「あ?そんなの決まっている。魔法使い以外何がある。」
魔法使いを殺すための魔法使いを育成。確かに、現代の兵器で魔法使いを殺すならば彼らと同じ力を使えばいい。理にかなっていると思ってしまった。
「この町にいる魔法使い、それに関係する者はすべて番号が付けられて管理されてる。
魔法使いたちは鎌足市に5年前張られた結界のせいで出られない。
毎日のように魔法使い狩りがひっそりと行われてる。」
黒染松月は淡々と説明を行ってくれた。
まるで、俺に対して警告するように。
「……黒染。どうしてそこまでして教えてくれるんだ。
俺はお前が狩らないといけない魔法使いかもしれないんだぞ?」
俺の言葉が終わる。同時に、ドームの床となっているアスファルトに四散していた旧式のテレビに砂嵐が走り始めた。テレビの数は分からない。ただ一つ、また一つと画面に明かりがともる。その中には、黒染松月の顔が映っていた。
「5年前に鎌足市の外から侵略者がやってきた。
侵略者の目的は仲間を救うこと。
そして、悪逆非道な侵略者たちから町を守る為に防衛隊が立ち上がる。
防衛隊員は侵略者と何度も戦った。
戦いは、防衛隊の勝利に終わった。
数多の戦士たちの流血から勝ち取った勝利、美しいよな?
ところがある日、侵略者の一人と同じ名前を持った人間が目の前に現れた。
さぁ、お前が防衛隊員だったらどうする?」
黒染松月は薄ら笑みを浮かべて、殺気を再び放ってくる。
人間の体というのは危機を感じると正直だった。
抗うな。逃げろ。生きろ。ずっと昔から教えられていたように、衝動となって体が動き出そうとする。俺は堪える。
目の前にいる男の目つきは、狩人そのものだった。
獲物の力量を測ろうと、策謀を巡らせているに違いない。
結果は分かり切っている。死だ。最悪瀕死の重傷。
体の具合は最悪。魔法も使えない。
非常に読みにくい文章になってしまい、申し訳ありません。
記憶しにくい設定。
目新しさのない、ありがちな魔法使いの物語。
今年中に完結させたいな~(;´∀`)っと。