12話
緑の香りがなでるように脳内に広がり目が覚める。ゆっくりと起き上がることに成功する。
どうやら半身の感覚は戻っているようだ。
手に握られていたヘアバンドを額につけ、周囲を確認してみる。周囲は暗くなり、明かりはリビングと決めた場所にのみ灯っていた。
時刻は夜の8時を回っており、夕食が作られており、高さ50センチほどの低いテーブルに置かれていた。
美夜古はもう食事を済ませており、流しに食器が置かれていた。だが彼女の姿は何処にもなかった。
夕食を終える。食器を流しに運び、洗い終わり30分ほどたち時刻は9時を回ろうとしていた。
俺は今後の事を話すためにも彼女を探した。
しかしどの部屋にも彼女はおらず、洋間に入ると荷物の整理だけが終えられていた。
廊下をゆっくりと歩き、外と内を見て回る。
歩き始めて数秒だった。光が見えた。自然現象とは思えないような神秘的な輝き。
そして響く、小さな音色。木々が舞う、風が流離う、光が照らす。
月光が麗しい少女に涙を流すように彼女の身体を包んでいた。北廊下の外にある池の中に美夜古は身を任せて、月を眺めているように見えた。
魔法も、それに当てはまるものたちが作り出す現象は嫌いだった。
ただ、その時だけ少年は過去を忘れ、水面に浮かぶ麗人を美しいと思った。
「何を見てるんですか?」
「月を、見てる」
思い浮かんだ嘘をついて、俺は月を眺める。
「来ると、思っていました。」
「話があったからな。」
「魔法は上手くないんでけどね。私の家に伝わる魔法の一つです。」
「綺麗な魔法もあるんだな。知らなかった。」
美夜古は俯いた表情で右手を空に掲げる。彼女の右手には青黒い光が包まれていた。
「この町には魔法を殺す毒が混じっています。」
「魔法を殺す?」
そんなものがあるというのは初耳だった。
「魔法使いにとっての毒素がこの町では散布されているんですよ。
魔法を使う私にはこれに対抗する力がない。
だからこうやって、溜まった毒素を少しでも抜かないといけない。」
「溜まっていくとやっぱり死ぬのか?」
「確実に死にます。
鎌足市で魔法使いの見習いが死ぬ理由の一つがこの毒素です。」
「知らなかったよ」
「あなたもですよ?」
今、聞きたくなかった言葉が飛んできた気がした。
「あなたも私と同じ”魔法使いの見習い”です。
つまり、あなたも私と同じようにこの町にいればいずれ死にます。」
故郷であるはずのこの街に殺されるというのは穏やかな話ではないと思った。目が覚めて一番、最悪な情報。聞かなければよかったとさえ思った。
「俺はその毒素の抜き方を知らないぞ。」
「あなたは目覚めたばかりです。まだそこまで考えなくても大丈夫。」
「お前は大丈夫なのか?」
「私ですか。残り1年というところです。
毒素はすべて抜くことができない。何をしても少しずつ確実に体を蝕んできます。」
残り1年という命の期限を迫られた少女の顔は寂しげで、辛そうにしか見えなかった。
この町にいる限り、俺にも必ずその命のタイムリミットが告げられる。
現実から目を背けたいと思う事ばかりが続く。
少し、一人で考え事をしたいと思った。
今の自分にはやりたいことも、やらなければならないことも、曖昧なままだ。
こんな状態では何にもできない。
翌日、俺は鎌足市の散策に出かけた。美夜古は用事があるからと言ってついてこなかった。