第8話 初ダンジョン
ゼーニック流の入門から一夜明け、清々しい気持ちで目覚めた俺は神至の塔に挑んだ。
マリー師範代に滅多打ちにされたが、失神して後に回復薬や魔法を掛けてくれたそうで頗る調子が良い。
快調そのもので気合いも十分な俺は、勢いに任せて塔への挑戦を開始したというわけだ。
もっとも、ただ無鉄砲なまま突入したわけじゃない。
事前にギルドの図書室で情報収集をしておいたし、セレナさんにダンジョンに行く事を伝え、装備や回復アイテムなんかも融通してもらったのだ。
もらったのは、長剣と軽装の鎧、予めアイテムが入れてあるマジックポーチだ。
武器や防具は塔から大量に手に入る在庫品らしいが、20階層付近で得られる物で初心者には破格の装備らしい。
それに一番容量は小さいらしいが、凡そ2m3まで物を収納できるマジックポーチは、ポーチの中身の重さを感じさせない、正にファンタジーな道具だ。
漂流人だからここまでの厚遇が得られたわけだが、おそらく今までの漂流人達の功績によるものが大きいだろう。
俺も先人達を見習い、今後現れるであろう漂流人が不遇な態度を取られないように振舞わなければならないな。
まあそんなこんなで装備と道具を手に入れ、やる気十分の俺は意気揚々と塔に足を踏み入れたわけだ!
そして、今6階にいる。
えっ、1階~5階まではどうしたかって?
さっさと駆け抜けたんだよ。
はっきり言うと、あそこはダンジョンじゃない。
例えるなら……そうだな、整備された森と果樹園といった所だろうか。
モンスターもいるにはいるのだが、こちらから攻撃しない限り向こうからが手を出さないし、動きも鈍い芋虫やダンゴ虫もどきに、デブネズミや兎といったもので、本当に老人や子供が倒していた。
その他にも森の恵みを得に来た人達も大勢いたが、安全な場所での採集という事もあってか実に和やかな雰囲気で、はっきりいって戦闘の場ではなかった。
とりあえずモンスターとも戦ってみたが、どれも一撃で倒せてしまい拍子抜けしてしまった程だ。
だからさっさと上に昇ったというわけだ。
マリー師範代も言っていた通り、6階からが本番だ。
ここからは人間を襲う魔物や人型の魔物が出てくる。
そう、ゲームや漫画でお馴染みのゴブリンだ。
見晴らしの良い草原を歩いていると、突然何もない空間からゴブリンが近くに出現した。
ゲームでモンスターが画面上に新たに沸いた瞬間を想像してもらえれば、判り易いじゃないだろうか。
あんな感じで、本当に何の脈絡もなく空間から現れたんだ。
ゴブリンは粗末な腰蓑だけで浅黒い肌に醜悪な顔をしている。
武器も持っていない。
俺を目敏く見つけると襲い掛かってきたが、動きも決して速くなく十分捉えられる範囲だ。
こちらも駆け出すと先手を取り、真っ向から唐竹割りに切りつけた。
するとどうだろう、避けられなかったのか真面に俺の一撃を受け真っ二つに切り裂かれてしまったではないか!
「えっ!?」
あまりの歯応えの無さに呆気にとられてしまう。
何というか人に近い生物というより、醜い化け物といった風で、殺したにも係わらず、正直忌避感や抵抗感があまりわいてこない。
臓物をまき散らす惨たらしい姿も、直ぐに消えてなくなったので現実味が薄かった。
これなら、幼少時に親類の家で見せられたイノシシの解体の方が、はるかに衝撃的だったな。
薄情というか俺が酷薄な人間なのかもしれないが、ファンタジー染みた要素のせいで割り切り易かった。
ゴブリンが消えた後に現れた魔石を拾うと、何度か同じ様に戦ってみたが結果は変わらなかった。
魔物を倒す事に抵抗は無いし、正直苦戦する要素が欠片もなかった。
袈裟斬り、横薙ぎ、突き、どれでも一刀で敵を倒しきれてしまったのだ。
そういえばと思って冒険者カードを見ると、いつの間にかLVが上がっていたようだ。
LVはもう6になっており、ステータスにいたっては一般の大人の2倍近くになっていた。
漂流人だからそうなのか、俺の称号のおかげなのか、あるいは初期だからLV上がり易いのかよくわからないが、今の状態を言い表せば簡単にLVは上がるわ、ステータスの上昇も著しいイージーモードみたいなもんだろうか。
昨日のマリー師範代との激戦を思うと物足りなく感じて仕方ない。
取り敢えず行ける所まで行ってみようと、更に上を目指す事にした。
俺が初めて傷を負ったのは10階層だった。
地狼と呼ばれる赤茶毛の狼達を複数相手取った時に、後ろからふくらはぎに噛み付かれたのだ。
幸い鎧の上からで貫かれる事はなかったが、鋭い痛みがあった。
痛みを堪えつつ噛み付いたままの奴の脳天に刃を突き刺したが、残り2頭の対処に遅れ、1頭に首元に飛び付かれたのを左手を差し出し、辛うじて致命傷を回避した。
もう1頭も突っ込んできたが、腕に噛み付いたままの狼を盾にしてやった。
俺の反撃は仲間を囮にさせれ飛び付いたものの驚き、動きが緩慢になった方。
深々と首元に剣を突き刺し楽にしてやり、最後は未だにしぶとく己の手を噛み砕こうと執念を燃やすやつだ。
お互いの命のやり取りだ。
最後まであがくその姿勢は敵ながら素晴らしい!
「じゃあな」
なるべく苦しまないように首を一閃してやった。
荒くなった息を落ち着かせるべく、何度かゆっくりと深呼吸を繰り返し、自分の体を観察する。
傷は2つ。
右のふくらはぎと左腕だ。
幸いどちらも鎧越しに噛み付かれ、どちらも軽症といって差し支えない程度だ。
といっても自然回復に任せれば数日は掛かるだろうし、放置して次の戦闘にいきたくなかった。
ここはセレナさんからもらった回復薬、グリーンイエローだ。
見た目は黄緑というわけではなく、緑色のなんというかスムージーに近い、原材料が残ってる飲み物と表現すればいいだろうか……。
イーニャいわく、あまりおいしくないとのことなので少し躊躇したが、透明な容器の蓋を開けると気合を入れ、一気にあおってみる。
「……ああ、これは不味いな」
不味いが、飲めないという程ではない。
それに飲み干すと、直ちに効き目が発生し怪我した箇所の痛みが引いていくのがわかる。
10秒もしないうちにすっかり健康体だ。
はじめてファンタジー世界に来た事を感謝したい気分だ。
この世界でなら怪我に限り、死ななければ直ちに回復薬を飲めば治せるのだ。
ある程度の怪我も許容して探索に挑める。
もちろん、怪我しないに越した事はないが、無傷のままなんて甘い考えは通用しない。
敵は上に行くほど強くなるし、それに何より敵はモンスターとは限らないのだ。
日本とは比べ物にならないほどの治安の悪さ。
更にはこのダンジョンを自分のものにしたい周辺諸国等々、何かの拍子にこの平和は崩れるかもしれないんだ。
自分の身を守るためにも、早急に強くなる必要がある。
俺は足元に散乱している魔石を拾い集めると、更なる敵を求め10階層を歩き出した。
その後は10階層の敵複数体を対処できるようになるまで戦い続け、確かな手応えと満足感を胸に、意気揚々とギルドに戻った。
RESULT!!
LV 1 → 10
生命力 400 → 800
魔法力 60 → 150
気力 80 → 210
力 35 → 78
器用度 40 → 84
体力 20 → 55
敏捷性 25 → 63
魔力 15 → 45
運 20 → 49
SKILL
剣術の心得
ゼーニック流剣術 LV 5 → 8
人の型 LV 5 → 8