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第6話 血反吐と土の味

 打たれた面が熱い。

 一瞬意識が朦朧とするが、痛みが否応なく覚醒させてくれる。

 周りの大きな野次も、気を失いそうなこの時ばかりは逆にありがたい。

 衆人環視の道場の中で激しい呼吸を繰り返しながら、まるで他人のものになった手足を必死に動かそうと足掻いていた。

 そう俺は今、修業という名の立ち合いのもと、血と土の味を噛み締めつつ地面に強制的に横臥させれていた……。



 




 マリー師範代との昼食を終え道場に戻ると、善は急げとばかりに今度は受けや返し技を教えてもらったのだ。

 相変わらずの駆け足の授業だったがなんとかくらい付いてゆき、一応は技と呼べる程度にまでは形になったはずだ。正直お粗末な出来なので、今後時間を見つけて自主的に練度を高めておく必要があるが……。

 休憩を取るように言われ、疲れた体を解しているとマリーさんが声を掛けてきた。


「けい、君はこれで駆け足ながらゼーニック流のじんの型の基本形を学んだ事になる」

「人の型ですか?」

「ゼーニック流には天地人という3つの型で成り立っているのさ。君が習った人の型こそゼーニック流の剣術の基礎にして、根幹をなす重要な土台部分さ。結局基礎ができてなければ、何やっても半端なままだからね」

「おっしゃる通りですね」


 なるほど~、ゼーニック流は3つの型から成り立っていたのか。

 それでさっきまで習っていたのが基礎となる人の型ね。

 まあ確かに基礎は大事だ。基礎を疎かにすると大成できないなんて言葉があるくらいだからな。

 それにしてもマリー師範代は若年と言って差支えなく、更には天才肌であろうに基礎の重要性をしっかり認識しているとは、これは予想以上に当たりかもしれないな。


「それで人の型をある程度まで覚えてきたら地の型、これはオーラを戦闘に用いる技法さ。身体能力を向上させたり剣に纏わせて切れ味を上げたり、あるいは気を相手にぶつけてダメージを与えたりと用途は様々。凶悪なモンスターと対峙する冒険者に必須の技能といっても過言ではないくらいさ!」

「おおっ、それは楽しみですね! オーラなんてものは私の世界には無かったですから、それが使えるようになるかと思うと楽しみで仕方ありませんよ」

「僕も漂流人ドリフターに教えるのは初めてなんだけど、気や魔法の無い世界も結構あるようだね。まあでも、けいはLV1でも魔力や気力があるから、本人の才能と努力次第だけれど案外すぐ覚えられるんじゃないかな」


 ほほ笑みながらウィンクしてきた。

 これは、マリーさんなりに俺の事を評価してくれているのだろう。

 それにしてもウィンクが様になっていて、やった事のない俺からしたら羨ましい限りだ。

 それと先ほどの昼食の際、マリーさんに請われてギルドカードを見せたのだ。

 本来はみだりに見せるべきではないのだが、初期ステータスだしこれからどんどん上げて意味のないものにする予定だったので、気にせず見せたというわけだ。

 その際に、既に剣術の心得とゼーニック流剣術のスキルを得ていて驚かれたのだ。

 その辺もマリー師範代の高評価につながっているというわけだ。


「それと天の型だけど、これははっきり言うと一握りの天才だけが使える技術さ。教える条件も100階をクリアして上級ハイクラスの冒険者にならなくちゃいけないしね。もっとも、教えたとしても才能が無ければ一生使えないけどね……」

「それは厳しいですね。天の型も是非覚えたい所ですが、まだ神至の塔に登ってもいませんから、教えて頂けるようになるのは大分先の話ですね」

「まずは人の型と地の型さ。まあ地の型も覚えられない人もいるらしいけど、かなり少ないから気にしなくてもいいかな。当面の目標はそんな感じだけど、わかったかな?」

「はい、丁寧な説明ありがとうございます。目標がはっきりしているのはありがたいですね。とりあえず本日は、教えて頂いた人の型を繰り返しスキルLVを上げる事でしょうか」

「いいや、違うよ。君には今から実戦さながらの立ち合いを僕としてもらうつもりさ」

「えっ!? そうなんですか?」

「もちろん、僕は嘘を付かないよ。君にはこれからの試合に耐えられるように技を選んで教えたから、十分闘えるさ」


 俺がなんとか覚えたという事になっているのが攻撃と足運びと防御の技だから……、一応は戦いらしきものができるという事なのだろう。

 マリー師範代はすっかりやる気満々で、口早にまくし立ててくる。 


「実戦形式の立ち合いは君には絶対必要だよ。それに技は修行と同時に闘いの中で磨き上げてこそ本物になるのさ!」

「なるほど……」


 俺漂流人ドリフターで戦いとは無縁の世界から来た事は既に話してあるから、命のやり取りのあるモンスターとの闘いの前に認識を改めさせるつもりなのだろう。

 それに技は修行と実戦の両方を通して磨き上げるべき、か……。

 素振りでの技の練習と敵と自分。

 どちらも動き、流れがある中で有効的に技を使うに、はやはり実戦を想定した中での試合が一番という事なのだろうが、マリーさんの卓見には頭が下がる。

 錆びた付いた醜い肉体、それも覚えたての拙い技しか手札にない状態だが、ここは師範代の胸を借りるの一手、それ以外の道はない!


「ただし! 僕の実践訓練は厳しいよ! もちろん手加減するけど、今までの修行より遥かに辛く厳しいものになる! これで辞める者も多いよ! それでもやるかな?」

「もちろんです! 是非ご指南頂きたい!!」

「よろしい! さあっ、掛かってきたまえっ!!」

「はいっ!!」


 俺は頭を下げると、気合の声と共に打ち掛かっていったのだった。







 




 ……そこから先は、想像通りの結果だった。

 いくら手加減してくれているとはいえ、遥か格上の相手。

 しかもたった一日とはいえ、ゼーニック流の師と弟子だ。

 師の拙い模倣に過ぎない俺は、力も技も速さすらも、何もかもが劣っていた。

 勝てたのは身長と体重ぐらいなもんだろう。

 幾度も幾度も木刀で打ちのめされ、時には地面に打ち据えられた。 

 必死に歯を食いしばって起き上がっても、数秒後にはまた地面と再会のキスだ。


「おいおい、いつになく厳しいなっ!」

「がはははっ! ここはおっさんの来る所じゃねえんだよ! 現実の厳しさを、師範代自ら教えてくれているんだろっ!」

「これも師範代の優しささ! ダンジョンなら痛いだけじゃ済まねえからな」

「あのおっさん、入ったばかりだろうに、今日で辞めるだろうな……」


 何とも散々な言われようだ。

 だが、言っている内容はまともだ。

 嘲笑も含んでるとはいえ、下手くそな初心者は笑われるのは世の常だし、師範代に現実を教えて頂ているのは本当の事だ。

 唯一つ間違っているのは、俺はこの程度は辞めない!

 逃げないって事だ!!


「うをぉぉおっ!!」


 痛む体を無理やり起こすと、遮二無二師範代に打ち掛かる!

 師範代は厳しい表情でこちらを見据えると、すぐさま受け止められ弾き飛ばされてしまう。

 頭一つ小さな少女に、成す術が無い。

 そう、地球なら筋肉の量に力は比例するものだが、ここで違う。

 気や魔力なんてものが存在し、敵を倒しそれらを取り込む事で肉体が成長するのだ。

 いうなれば一般人の俺がヒーローと闘う様なものだ。

 ただ幸運なのが、これが生命の遣り取りの無い試合だという事だ。

 何度でも負ける事が許されるのだ。

 例え周りから笑われ、何度打ち据えられ無様をさらそうとも次があるのだ!!


「おおっっ!!」


 渾身の力を振り絞り、大上段から振り下ろす!

 その一撃を師範代が受け止め……ない!?

 やばい! 受け流された!

 必死に崩れた態勢を立て直そうとする俺に、避け辛い右胴への横薙ぎが迫る。

 無理やり後ろ飛んで何とか回避に成功すると、飛び退いた反動を利用して攻勢に出ようとするが、師範代の返しの左胴が速い。

 いやっ、速過ぎる!


「ぐっ!!」


 堪える暇もなく吹っ飛ばされ、また地面との再会だ。

 骨は折れていないようだが、痛みで顔をしかめそうだ。

 実際には体中木刀で打ち付けられ、顔からは血を流し無数の痣ができている状態だ。

 正直、呼吸するのも辛い。

 口に入った土を吐き出し、流れ落ちてきた血を飲み込んで渇きを潤す。

 ああ、久しぶりの感触だ。

 これ程痛めつけられたのはいつぶりだ?

 中学の時生意気だと不良共にリンチされた時以来だろうか?

 マリー師範代が待ってくれるのをいいことに、ゆっくり起き上がると何度も何度も呼吸を繰り返し、長年体に溜まった毒を追い出すかのように深呼吸を繰り返した。

 しばらくしてようやく呼吸が整った頃には、疲れや痛みを通り越して何とも清々しい気持ちになった。

 逆に呼吸が気持ち良くなって、思わず笑みさえ零れた。


「……君は僕が憎くないのかい?」

「憎い? 何のことです?」

「手加減しているとはいえ、これだけ木刀で打ったんだ。体中が痛むだろう?」

「? 剣術に怪我はつきものでしょう? しかもマリー師範代の絶妙な手加減のおかげで骨は折れていません。あざや打身が痛むとはいえ、我慢すれば動けます」

「……」


 憎む? 俺が、師範代を?

 一体何の話だ?

 そりゃあ、俺も苦痛が好きなわけではない。

 痛くせずに済むならそれに越した事はない。

 だが、それでは時間が掛かり過ぎてしまう。

 この痛みは戒めなのだ。

 自分の未熟さを、失敗を身体が教えてくれるのだ。

 最適解はわからずとも、少なくとも同じ失敗を繰り返さぬように知らせてくれるのだ。

 ならば、何を恨むというのだ。

 むしろ師範代に感謝すべきだろう。

 マリーさんは小さく頭を振り小さく息を吐くと、俺を真剣な眼差しで見詰め直した。


「けい、君は僕が思っていた以上の戦士だったようだ。改めて君の師となれる事を誇りに思うよ」

「私はマリー師範代の弟子になれた事を誇りに思います。どうか私に高みに昇る機会をお与えください」

「……君は強いね。僕もうかうかしてられないな。それで、続けるかい?」

「是非お願いします!!」

「よろしい! 掛かってきたまえっ!!」


 いつの間にか、周囲の声は止んでいた。

 響くのは、俺と師範代の発するものだけになっていた。

 もとより周りは気にしなかったが、もはや彼女しか目に入らなかった。

 失敗を、痛みを糧に工夫を凝らし、師範代から新たな技を、こちらの攻撃への対処の仕方を学んでいった。

 楽しかった。

 新たに覚える事が山ほどあって。

 そしてそれを実践でき、かつ更に工夫できる場があって。

 自分が時を追う毎に強くなれるのが実感でき、嬉しくて仕方なかった。

 俺は何度打たれようと立ち向かい、土を噛み血を舐めようと立ち上がった。

 時には止められ、回復薬らしき物を飲まされたが、それ以外の時間を師範代との試合に費やした。

 マリーさんには呆れられ苦笑される事もあったが、最後には真剣な面持ちで立ち会ってもらった。

 素晴らしい師範代に出会えた事に、本当に感謝だ。

 日が落ちる頃には漸く一矢報いて気を失ったが、本当に良い一日だった。

 ああ、本当に良い一日だった……。





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 剣術の心得

 ゼーニック流剣術 LV 5

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