第4話 努力は嫌いじゃない
異世界転移2日目、眩しいくらいの快晴の中、俺はゼーニック流の道場にて指導員の到着を待っていた。
昨日はあれからイーニャに案内してもらって図書室に行き、とりあえず神至の塔の1~10階までに出現する敵モンスターの情報を仕入れ、その後はギルド推薦の宿“幸運のかぎしっぽ亭”のお世話になった。
さすがに各部屋に風呂付きというわけにはいかなかったがきちんと浴場もあり、食事についても食物自体が新鮮なせいか、味付けがシンプルでも苦にならない所か、実に美味しかった。
強いて難点を挙げるのなら、ベットが少々硬すぎたくらいだろうか。
まあなんにせよ、これから1ヶ月近くお世話になる宿なのだから、不満が少ないのは良いことだ。
衣服もギルドに支給してもらって、周りから変に思われる心配も無い。
ほんとギルド様々だ。
そんな風に昨日の事を反芻しながらぼーっと突っ立ていると、元気で威勢の良い声が掛かった。
「やあやあ、待たせたようだね。僕が今日1日君の指導を務めるマリアンネ・ゼーニックだ。気軽にマリー師範代とでも呼んでくれたまえ! もっとも、実際は師範代も仮の身分で、正しくは師範代代行だけどね」
「はっ、はあ。御村慶一と申します。マリー師範代、本日はよろしくお願いいたします」
初対面から彼女の勢いに圧倒されそうだ。
やってきたのは動きやすそうな軽装に身を包んだ赤髪のやや小柄な少女、恐らくは15,6といった所で俺の半分の年齢ぐらいじゃないだろうか。
名前から察せられる通りゼーニック一門の出だろうが、とにかくやる気に満ち溢れているといった風で、無駄に元気を振りまいている。
待ちきれないとばかりに、俺の方に彼女が持っていた木剣の片方を投げてきた。
「さあさあ修行を始めようじゃないか。ギルドから聞いているけど、全くの初心者向けでいいんだよね?」
「はい、よろしくお願いします」
「よっし! それじゃあ始めよう。君が今日やるべじゅ事は唯一つ! ひたすら僕の真似をして剣を振ることさ! さあっ、ついてきて! せいっ!!」
宣言するやいなや、少女はごく自然な動作で胸の前に木剣を構えると、瞬時に頭上まで振り上げ一気に振り下ろした!
たったそれだけの所作で少女の非凡さが、自分とかけ離れた強さを有しているのか理解させられた。
何の力を入れた風でもないのに、振り下ろされた剣が目で追えない。
更には瞬時に空中で止め、また振り上げ振り下ろすという動作を遅滞なく繰り返している。
言い表すのは簡単だが、たったそれだけの動作で少女の想像以上の技量の高さを思い知らされた。
ただ困ったことに、速過ぎる。
少女の動きを真似しようにも、目に映らないのではどうしようもできない。
「どうしたの? ほらっ、やってみて!!」
「……すいません。できれば何回かもう少しゆっくりやってもらってもよろしいでしょうか? マリー師範代の動きが速すぎて見えません」
「えっ!? あっ、ああ、ごめんごめん。LV差というか、ステータスの差は大きいよね。僕も気合が入り過ぎてたね。じゃあ、これくらいならどうかな?」
頭上から真っ直ぐに振り下ろされた木剣は、手加減したにしても速かった。
速くはあったが、今度はなんとか捉える事ができた。
注視し網膜に焼き付けた少女の動きを模倣する。
静止時の構え、振り上げ、振り下ろし、そして木剣の止め方……。
「せいっ!!」
彼女の動きそのものを完全に模倣するつもりで振ってみたが、威勢だけはいいが、身体の方はついていかない。
社畜期間中の運動不足が想像以上に祟っている。
まあ肥満のせいで動きが制限され、遅くなっているのも原因の1つだろう。
久しぶりに体を動かしたわけだが、泣きたいくらいに動けていない。
思わず溜息が零れた。
「はっ、はは、なんて不様……」
「!? どうしたんだい? 繰り返してやらないと自分のものにならないよ?」
「いえ、久しぶりに体を動かしたのですが、予想以上に動けなくなっていたので驚いていたのですよ」
「そうかい? 肥満の中年が初めてやったにしては大分まし、っというか十分なできだと思うけど……」
「はははっ、そう言って頂けるとうれしいですよ」
裏表がないというか歯に衣着せぬというか、自分の意見をはっきり言う子のようだ。
若くして才能も実力もある者ならそういう性格になり易い。
まあ彼女はましな方だ。
中学高校と長いこと中二病を患っていた過去の自分と比べれば、遥かにましだ。
っと、いけないいけない、思考が横道にそれだした。
兎に角、今の自分に嘆いていてもはじまらない。
大切なのはこれからだ!
頭を振り雑念を追い出すと、木剣を構え直し振り上げた。
「はっ!!」
今回のも記憶の中のマリー師範代と比較するのもおこがましいほどひどい。
動きが鈍い自体は、身体能力の差だから仕方がないが、それ以外は駄目だ。
集中して、よく思い出せ!
彼女と何が違う?
握り? 腕の振り? 角度? あるいは腰や膝か?
俺は木刀を振り上げては振り下ろし、その度にどこが違うのか思考し続けた。
そこから何度も繰り返し、想像の中の少女と自分が重なるように修正を加えていく。
数十回と試行錯誤を行いある程度まで近づけたかなといった所で、見守っていた少女が驚喜の声を上げた。
「いい! すごくいいよ!! 初めは冴えない太ったおっさんが来たな~って思ってたけど、想像以上にやるじゃないか!」
「はは、はははっ、太った冴えないおっさんって。いや、まあその通りですけど……」
彼女自身はこれでも褒めているつもりなのだろう。
すごいじゃないか、と言いながらバシバシ背中を叩いてくる。
侮辱とも取れる言葉も混じっていたが、さっぱりした口調のおかげか、あまり嫌味っぽくは聞こえない。
何とも敵を作りにくい得な性格だ。
戸惑っている俺の様子を察してか、今度は勢いよく謝ってきた。
「ごめん、ごめん。これでも褒めてるんだよ? 僕の修行は結構厳しいらしいから、ついてこれなくなって挫折したらかわいそうかな~って、実は結構心配してたんだ。でもけいいち、うん、ちょっと呼びにくいな、おほん。え~と、けいいちはかなりのセンスがあるみたいだから、どんどん進めても大丈夫だとわかって、うれしいんだよ」
「それは、ありがとうございます? それとけいいちが呼びにくかったら、けいと呼んでください」
「けい、か。うん、いいね! ちょっと脱線しちゃったけど、修行を再開しよう! 少し難しくなるよ!」
「お手柔らかにお願いします」
「けいは難しいことは考えないでいい。ただ僕についてくる、それだけに集中するんだよ?」
「はい、了解しました。」
「うん、いい返事だね。 さあいくよっ!!」
笑顔で木剣を振り回すマリー師範代に遅れまいと、俺は必死に食らいついていった。