第32話 100階層
焼け付く様な熱さの回廊を進みながら、頬を伝う汗を拭う。
ダンジョンの外は春爛漫といった過ごし易い気候にも係わらず、ここは真夏というより火口付近にいる様な熱気に包まれている。
いや、ダンジョンというと語弊があるな。
この階層が熱いというべきだ。
俺達は今、灼熱の回廊と呼ばれる“100階層”に来ていた……。
綺羅星との出会いから翌日。
彼女達に宣言した通り、数日で100階層を踏破し上級の冒険者になるため、神至の塔の攻略を早朝から開始し、怒涛の快進撃を続けたおかげで、昼にはもう100階層に到着したというわけだ。
えっ!?
そんなに簡単に100階層に到達できるのかって?
まあ、普通の冒険者には不可能だろう。
何故できるかは、まずは金だ。
俺達は他者に比べ圧倒的にLVが上がり易い上、成長補正もえげつない。
だから武器防具、あるいは回復薬等の消耗品にお金をあまりかけずに、ごり押しが可能なんだ。
その浮いたお金で、事前に100階層までの地図を買っておいたのさ。
つまり迷路の様なダンジョンの進み方から、階段の位置まで丸わかりというわけだ。
まあ、ここまでならお金があれば誰でもできる。
俺達だけができる理由。
それは自分達より格上のモンスターでさえ歯牙にもかけない、驚異的なスキルを有していることだ。
俺でいえば混氣や神氣。
リオナなら心象具現化だな。
この希少スキルのおかげで、ステータス上は不利だとしても全く問題にならない。
唯一の欠点として強力なスキルだけあって消耗は激しいんだが、実はこれを解決する手段も幸運なことに手に入れてあるんだ。
先日混氣を編み出した際にゼーニック流で広める事を承諾したんだが、その対価として豪邸を貰える事に加えて、マリー師範代からとっておきの技をいくつか伝授してもらった。
その名も吸精剣!
己の気を闇属性に変化させ、斬り付けた相手から気力や魔力を奪う技だ。
誰もが喉から手が出るほど欲しい技だが、何の因果か労せずして手に入ってしまった。
まあそのおかげで、強力だけど消耗の激しいスキルも心置きなく使えるようになったというわけだ。
……ただちょっとあれだ、少し悔しいというか負けず嫌いの血が騒いでるんだ。
っというのも、リオナが俺の技を見て、すぐに魔力で自分好みのスキルに改良してしまったんだ。
実は属性変化も風は直ぐできたんだが、闇はいまいち上手くいかなかったんだ。
ほらっ、闇といわれてもピンとこないじゃないか。
現代地球人だと闇の定義といわれても、あやふやなものにならないか?
……それで手こずりながらも何とかものにしたわけだが、俺の技を一見した彼女が便利ですね、なんて言い出して気軽に新技を編み出してくれたわけだ。
技名は吸魔
指定した敵の気力や魔力を奪い取る遠距離攻撃だ。
俺も真似しようとしたんだが、まだ習得できていない。
ちょっと悔しい。
このままでは旦那としての沽券に係わるので、一人こそ錬してでも覚えよう!
そんな俺の様子を彼女が微笑ましい者でも見る様に、密やかに笑った。
「旦那様、誰でも得手不得手があるものです。それに、何でも旦那様が一番なら、私の出る幕がないではないですか?」
「いやっ、そうはいうけどな。単純にできないものがあるのがムカつくんだ。誤解しないで欲しいんだが、リオナには含むものは何もないけど、単純に負けるのが嫌いなんだ」
「ふふふっ。はっきりと心の内をおっしゃって頂けるのはうれしいです。それに、とても可愛らしいですね」
「……ガキっぽいだろ? 30過ぎても子供のまんまで、ほんと恥ずかしいよ」
「いいえ、今の旦那様はとても魅力的です。時には子供で、時には熟練の戦士、そして時には獣そのもの。次は何をするのだろう、何が起きるのだろうと、傍で見ていて興奮が止まりません!」
「リオナ……、うおっ!?」
いつの間にか直ぐ傍らにきたリオナが、鎧の隙間から俺の腹のぜい肉を摘まんだ。
そして、とても悲しそうな声を出した。
「旦那様がこの世界にきて、まだ1週間程度しか過ぎていません。ムギーの様なお可愛らしい姿でしたのに、もうお肉が減ってきています。遠からず歴戦の戦士に相応しいお姿になるのでしょうが、そうなってしまえば二度とこの可愛らしいお姿が見られません」
「ムギー? ああ、俺の世界でいうパンダみたいな動物だったよな。そんなにこの姿が好きなのかい?」
「大好きです!! ですから、この調子で旦那様が痩せていってしまうのが残念で仕方がないのです!」
可愛らしい姿で両手を握って主張している。
本当にこのデブな姿が好きらしい。
……うーん、彼女の美醜の判断基準がおかしいとまではいわないが、少し好みが人とずれている様な気がしてならない。
あるいは、
「リオナ、君の住んでいた場所では俺の様な姿の者はいたのかな?」
「いいえ、おりません。私の住んでいた場所は人里から離れた険しい場所でしたから、皆痩せた細身の者ばかりでした」
なるほどな。
地球の某国でもそうだが、周りが痩せている者ばかりで富める者、裕福な者の象徴であるふくよかな男性がもてる、ってのと同じだな。
それに、美醜なんてものは時代によって変わっていくものだ。
こういっては失礼かもしれないが、平安時代におたふく顔が美人とされたという話もあるくらいだからな。
まあ、日本の女の子でパンダとかトドとかアザラシの、可愛らしい人形を好きなのの延長線上ということにしておこう。
うん、そうしよう。
無理やり自分で自分を納得させた俺に、急に密着したリオナが囁いた。
「旦那様、容姿も大好きですが、私がもっとも愛しているのはあなた様の心です。それを忘れないでくださいね?」
「っ!? リッ、リオナ! まだダンジョンの中だぞ!」
「ふふふっ、申し訳ありません。旦那様に誤解されては悲しいですから、念のため私の本心を申し上げました」
「そっ、それは、うれしいよ。とてもうれしいさ! けど、今は……」
「ええ、宿に帰ったら可愛がってくださいね。今は探索に集中しましょう」
妖艶に微笑む美少女から目が離せない。
自分の年齢の半分にも満たない少女に主導権を握られっぱなしだ。
でも、それも悪くない。
そう思える時点で、俺は完全にリオナに惚れこんでしまったんだろうな。
それに、彼女は時折大胆になるが、その後は決まって俺に任せてくれる。
不器用でヘタレな俺に改善の機会を与えてくれているんだ。
それに応えないわけにはいかない!
俺は彼女の細い腰を引き寄せると強く抱きしめた。
「旦那様!?」
「ありがとう、リオナ。いつも感謝しているよ」
「そこは愛している、ではないのですか?」
「あっ、愛しているよ! っ!? なんか照れ臭いなっ!」
「私も愛しています。それと、できれば促されるのではなく、今度は旦那様からおっしゃってください。いとしい方からの好意が嫌いな女性はいませんよ?」
「……善処します」
「よろしい」
腕の中でクスクス笑うリオナにタジタジだ。
俺が女性に対する免疫が低いってのもあるが、現代日本の薄っぺらい表面上だけの付き合いと比べると、ダイレクトに気持ちを伝えてもらえるのはこっ恥ずかしくて仕方ない。
それも嘘と疑う事すら馬鹿らしい、純粋な思いをだ!
顔が朱に染まるのが見なくてもわかる。
誰もいなければ転げ回りたいほどだが、いつまでもヘタレてるわけにはいかない!
俺は彼女の頭をそっと撫でると、頬にキスをした。
「!? 旦那様! うれしいですっ!!」
「ごめん、今はこれで精一杯だ」
「旦那様の変わろうとする御姿、少しでも私を喜ばせようとするその姿勢! リオナはあなた様の伴侶となれて、本当に幸せです!」
「ははっ、そこまで大したものじゃない。ヘタレなりに嫌われたくなくて必死なのさ」
「いいえ! 旦那様はヘタレなんかじゃありません! ただ、ちょっと経験がなく奥手だっただけです!」
顔を上げ、俺を必死に肯定してくれるリオナが愛おしい。
思わず彼女の華奢な体を掻き抱く腕に力が入る。
「ありがとう、リオナ。これからもよろしくな!」
「はい! どこまでも一緒です!」
っ!? いかん!
つい彼女の事を思うあまり、余計な所まで元気になってきてしまった。
そんな俺の様子に気付いたのか、リオナが艶然と微笑んだ。
「旦那様、一度宿屋に戻りますか?」
少女に似付かわしくない大人の色香。
そのアンバランスさがまた俺に劣情を抱かせる。
このまま激情に任せて、彼女と快楽に溺れてしまいたい。
だが我慢。
ここは我慢だ!
リオナとの楽しい時間は夜まで堪えればいいだけだ。
それよりもきちんと目的を果たし、彼女に良い所を見せなければ!
情けない所ばっかり見せるわけにはいかないんだ!!
俺はそっと彼女を放した。
「リオナの提案はうれしい。だけど、お楽しみは目標を達成してからにしようか! その方が、気兼ねなく二人の時間を過ごせるだろう?」
「……ちょっと残念ですが、仕方ありませんね。それでは上級の冒険者となり、祝杯を上げた後にいたしましょう」
「ああ、そうしよう」
「旦那様、楽しみですね」
唇から覗く赤い舌が艶めかしい。
少女が醸し出す遊女の如き色香に、つい引き込まれそうになる。
はっ!? いかん、いかん!
ここは堪えるんだ!!
さっき、そう決めたじゃないか!
必死の思いで表面上は冷静を保つように努力しているが、心が読める彼女には俺の葛藤など何もかもお見通しだ。
彼女の姿が、その言葉が俺を動かすのがうれしいのか、小悪魔めいた行動を取っているように思える。
彼女にもそんな遊び心があるのだと思うと、俺も何だかうれしくなった。
「旦那様、このまますぐにボスに向かいますか? それともLVを上げますか?」
彼女がそんなことを確認するのも、実を言うと大急ぎで上がってきたせいでLVが全く足りていないんだ。
それでも称号のおかげで俺のLVは80、リオナも85まで上昇している。
LVイコール自分の探索階層が一応の目安と考えると、全然足りていない。
足りてはいないが、今の俺にはどうでもよかった。
「このままボスに向かおう」
「よろしいのですか? 私達ならそれでも何とかできてしまうでしょうが、100階層のボスからは、その階層より強化されたボスだけでなく、大幅に強化されたボスも出現しますが?」
今までは3体のボスの中からランダムに選出されるだけだったが、100階層以降は5体の中から敵が選ばれるようになる。
その中で、60階層で戦った火吐竜はいわゆる強化ボス。
いわゆるLV60で挑むのは無謀な程強い守護者だ。
だがここ、100層からは強化ボスより更に強化された、出会ったら逃亡必死の超強化ボスさえも出現されるようになるのだ。
こいつを倒すには、適正階層LVにプラスして20も必要になるらしい。
LVアップによるステータスの上昇が激しいので、LV差が10以上の冒険者に勝つのはほぼ無理だといわれている。
もし俺達が超強化ボスに出会ってしまったら、LV差が40近いことになる。
いかに希少スキル保持者である俺達でも、死闘は免れないだろう。
もしくは、さすがに相手にならずぼろ負けするかもしれないな。
負けるのは構わないが、さすがに死ぬのは勘弁だ。
だが……、
「その超強化ボスがお目当てだ。確かボス戦といっても逃げられるんだよな?」
「ええ、各階層で条件はありますが、逃げることは可能です」
「ならやろう。それに、俺達は今まで実力やスキルを制限して意図的に苦戦してきたわけだげど、その超強化ボス相手なら俺達2人でも全力を出さざるを得ないよな?」
「ふふっ、なんだか初めての2人の共同作業みたいですね?」
実際リオナの言う通りだ。
今までは俺のLVが低いかったせいで、彼女に回復と牽制に徹してもらったんだ。
さぞ暇だったに違いない。
でももう追いついた。
これからはリオナに我慢を強いる必要がないんだ。
「今まで我慢させてすまなかった。でももう大丈夫だ。このボス戦が、俺達2人が、初めて魔物相手に全力を出す機会。2人の初めての共同作業だな!」
「旦那様、うれしいです! 早くいきましょう!」
「ああ、俺も楽しみで仕方ないよ! さっさといこうか!」
「はいっ!!」
やる気満々の俺達は他の敵には目もくれず、ボスが待つ守護者の間に急ぐのだった




