第29話 階層ボス
出現したのは、真っ赤な鱗を持つ竜。
全高は4mほどで、全長は体の半分を占める長い尾を含めれば優に10mは超えるだろう。
横長のワニの様な体形に竜の頭が乗っているのを想像してもらえれば分かり易いんじゃないかな。
ただ水中を泳ぐのを主とし水の抵抗を少なくする形に進化した鰐と違い、こいつは陸上での狩りに適した姿になっている。
あの太く強靭な四肢。
数tはあるであろう体を支えるだけでなく、疾駆するのに十分な強度を持っていると見るべきだ。
それに前足は指も長く、場合によっては獲物を捕らえるのに使われる可能性も考慮すべきだろう。
本来人という種では太刀打ちできない恐ろしい怪物が低い唸り声を上げ、こちらを睥睨している。
その一睨みで、気の弱い人なら気絶してしまいそうな程の威圧感がある。
前に戦ったことがある筈の綺羅星達も、嫌そうな顔を隠そうとしない。
以前戦った時に余程苦戦したのだろう。
「ちきしょう! ついてねーぜ!」
「グチってもしょうがないでしょ! !? 来るわっ! 散開!!」
ドラゴンが大きな咆哮を上げると、俺達に向かって突進してきたのだ。
人を丸飲みにできそうな巨大な顎を開いて!
もし、ジニーの注意が遅れていたら誰かが喰われていたかもしれない。
何tもある巨体と思えない程、この竜は速かったのだ。
散り散りになって何とかやり過ごすと、急いで集合した。
「ギムとヴァレットは足をお願い! あの動きを止めないとどうにもならないわ! ケイと私は顔に攻撃を当てて注意を引くのよ! でも回避がメインだからね! 攻撃に集中しすぎて、あいつの攻撃をもらったらお陀仏よ!!」
ジニーが逼迫した様子でまくし立ててする。
今までどこか余裕を持って戦っていた彼女が必死になっている。
それは他のメンバーも同様だった。
「わあっってるよ! そっちもとちって捕まんなよ!」
「反撃の狼煙といこうかのう! ぬうん! 断裂!!」
「ケイ、あたし達はあくまで牽制よ!」
「了解しました」
俺とジニーの2人で気弾を顔面に飛ばし、ギムとヴァレットが夫々の別個に前足を狙ったが、正直どれも効いたとは思えなかった。
それは気の炸裂後、視界が良好になった状態で火吐竜を観察すればよく解った。
竜は血を流す所か、表面を覆っている赤黒い竜鱗が欠けた様子さえ見えなかった。
亜竜や巨人といった難敵でさえ、容易く屠ってきた攻撃をもってしてもだ!
竜自身も痛痒を感じていないようで、一切痛がっている様子を見せない。
むしろ得物を前にして舌なめずりする様に、こちらを驚異と思わずただの餌と見做しているようだ。
その証拠に無造作に前足を振り上げると、大振りに叩き付けてきた。
「ギム!?」
「わかっておるわ!」
「いえ、まだです!」
「「!?」」
「ぐほっ!」
見え見えの攻撃と思っていたが、間髪入れずに腰を捻り太く長い尾で追撃を放ったのだ。
俺が注意の声を上げたが間に合わず、ギムは尾の一撃で吹っ飛ばされてしまった。
まずい!
更に追い打ちを掛ける様に倒れて呻くギムに狙いを定ると、竜が大口を開けて突進を開始し始めたのだ!
「ギム! 起きてっ! 竜が行ったわ!!」
「ぐっ、ぐぅ……」
「ちきしょう!! ギム! 逃げてくれっ!!」
「ギム」
「破っ!!」
「「!?」」
仲間達の悲鳴が木霊するしギムを食い殺さんと竜の顎が閉じかけたその時、俺は全力で疾駆すると竜の顔を横から剣で叩き付けた!
硬い。
本来ならその貌を叩き斬ってやるはずだが、受け止められてしまった。
このまま押し切られると、ギムがただでは済まない。
気を全開にして歯を食いしばる!
「おおっ! 破斬!!」
一瞬の拮抗。
力の天秤は……俺に傾いた!
破斬をもってしても斬れなかったが、弾き飛ばす事には成功した。
何tもあろうかというドラゴンをだ!
俺も大分人間離れしてきたな。
「ケイ! よくやったわ!」
「うむむ、すまんのぅ」
「いえいえ、それよりも立ってください。どうやら敵さん、漸く本気になっったようですよ」
ギムが振り向いた先には低い唸り声を上げつつ瞳孔を細め、怒りを露にする竜の姿があった。
左目付近を負傷し血を流す竜がだ!
先程の俺の一撃によって、ついに傷を負わせることに成功したようだ。
だがそれによって、どうやら恨みも買ってしまったらしい。
ここからが真の死闘の幕開けだった。
何者も噛み砕く竜の牙。
鋼鉄さえ容易く切り裂く鋭利な爪。
何tもの体重を支える剛腕。
それに体の半分を占めるであろう長大で堅固な竜尾。
そして、最も厄介な強大な肉体そのものを利用した体当たり……。
そのどれもが危険で、気の強化しか行っていない俺に致命傷を与えるのには十分な威力を誇っていた。
しかも顔に傷を付けた俺に狙いを定め、執拗に報復しようと襲ってくるのだ。
当然無傷というわけにはいかなかった。
いつしか俺は負傷し、あちこちから血を流し傷の痛みを覚えた。
すぐにリオナが回復してくれようとしたが、俺は敢えて断り他のメンバーの補助を優先するように吠えた。
何故そんな事をしたかって?
その方が集中できるからさ!
この傷が否応なしに俺の未熟さを示し、この痛みが俺の愚かさと逼迫した命の危機を教えてくれるからだ!
さながら嵐に翻弄される小枝のように、怒れる竜の猛攻を必死に受け流し、死と隣り合わせの決死の舞踏のパートナーを務め続けるのだった。
・・・
・・
・
「旦那様、楽しいですか?」
「えっ?」
何度目か数えるのも馬鹿らしいくらいの攻撃をいなし終えた俺に、リオナが微笑ましそうに眺めながら問い掛けてきた。
とても強敵との戦いの最中にする質問とは思えない。
「どうしてだい?」
「だって楽しそうに嗤っていますよ?」
はっとして顔を触ると、指摘された通り口角が吊り上がり、獣の如き嗤い顔になっていた。
当初の目的を忘れ、つい竜との戦いに没頭していたようだ。
だが悪くない。むしろ気が昂り猛り狂っている。
「ああ楽しいな。火吐竜、さすが60階層最強のボスだけある!」
「へっ、それがお前の本性かよ! まっ、さっきまでの取り澄ました顔より、ちったあ見れる顔になったじゃねえか!」
「そうじゃのぅ、戦う戦士の顔じゃ」
「冒険者はそうでなくっちゃね! でも油断しないでよ!!」
「油断? 俺がか?」
「そうよ! !? 息吹が来るわ! 散開!」
「その必要はない」
「「えっ!?」」
竜の息吹。
自然な炎ではなく、竜の魔力によって顕現される魔炎だ。
その威力は筆舌に尽くしがたく、人など骨すら残さず焼き尽くす地獄の業火だ。
だが、そんな業火も何度か見れば対処は可能だ。
マリー師匠から授かったとっておきの出番だ!
「爆風!」
竜の口腔から赤い炎が放たれた瞬間、俺の掲げた左手から荒れ狂う暴風が放たれた!
炎と暴風
俺の作り出した嵐で炎は逆巻き、吐き出した竜自身に災禍を撒き散らした!
これぞ俺の新たな力!
気の力を地水火風といった属性に変えて攻撃する技、属性変化だ。
まあ、もっともまだ時間がなくて、今の所は2属性しか使えないけどな……。
俺の突然の行動に唖然とした顔になるのも、そこは熟練の冒険者達。
チャンスを逃さず、もがき苦しむ無防備な竜に追撃を仕掛けた。
「へっ、やるじゃねえか! こりゃあ、俺達もかっこいい所見せなくちゃな! くらえやっ! 刺貫槍!!」
「受けよ! 大地裂!!」
「見せてあげる、ゼーニックの剣の冴えを! 旋風剣!」
「……怒れる炎よ! 我が敵を焼き尽くせ! 焦炎!!」
これがこいつらの本気。
上位冒険者確定とも囁かれる、新進気鋭のパーティー、綺羅星の真の実力。
夫々がLV60とは思えない程の凶悪な奥の手をもっている。
さすがは2年で60階層到達という、近年最速と称される稀有な才を持つ冒険者達だ。
あの暴威をふるっていた竜がすっかり虫の息だ。
まあこれも、俺が敵のターゲットになっている間に攻撃を集中し、機動力を削いでいった成果といえよう。
折角なのでおいしい所ももらっておこうか。
気を纏い、息も絶え絶えな竜に突貫した。
「破斬!!」
気をありったけ詰めた全力の刃は……、ついに竜の首を断ち切った!!
噴水の様に血が噴き出すが、それも一時的な事。
迷宮の魔物は、いってしまえは仮初めの生き物。
やがてダンジョンに吸収されて消えて無くなる。
倒れ伏した巨体も、吹き飛んだ巨大な頭も、そして血の池さえも泡沫の夢の様に消え去ってしまった。
そして現れるのは戦利品だ。
荒い息を吐く綺羅星達の目の色も変わった事からかなり良いものなのだろう。
「おおっ、さっきまで最悪かと思ってたけど、実はツイてたんだな!」
「うむぅ、火吐竜のレアドロップ。初めて見たのぅ」
「これを売れば1月は楽に暮らせるわよ! 今日は宴会よ! あっ、ケイとリオナにもきちんと分配するから心配しないでね」
「いいえ、それは差し上げますよ。今日の授業料だとでも思って気にせずもらってください」
「おいおい、戦闘が終わったらまたかしこまりやがって! そんな態度似会わねえんだよ」
「そうよ! これからパーティを組むんだし、仲間には変な遠慮は必要ないわ!」
ああ、これはいかんな。
出会った当初から否定したはずなんだが、すっかりパーティ加入希望だと思われている。
リオナを見ると静かに首を横に振った。
……ここまでだな。
見るものは見れたし、ここで幕引きとしよう。
「はあっ、それじゃあ普通に話させてもらおうか。お前達、勘違いしてるぞ」
「勘違い? 何のことかしら?」
「歓迎してくれるのはありがたいが、俺達は最初から言ってただろうが。お前達のパーティに入るつもりはないって」
「「「!?」」」
俺の言葉を切欠に、緊迫した雰囲気に包まれた。




