第22話 ギルドの酒場
焼けた肉と香辛料の香りが食欲をそそる。
俺達はダンジョンから帰還するとさっさとギルドで拾得物の清算を行い、ギルド内に設けられている酒場で夕食を取っていた。
ガーリックらしき香味野菜に塩胡椒を下味として、ワインを基にしたソースで味付けさせれている。
食べた途端、俺は思わず舌鼓を打った。
「うまいなっ!」
「ええ美味しいですね」
リオナも賞賛し、美味しそうに食べている。
嬉しい誤算だがこの一般冒険者でも手頃に食べれるステーキは、日本で食べる高級肉かそれ以上の旨さがあった。
運動というか魔物との戦いを散々やったせいで、お腹はすきまくっている。
メタボも少し改善してきた事も言い訳に、満足するまで追加注文をする。
もっとも周囲の冒険者も似た様なもんで、俺以上に食べて飲んで騒いでいる。
「しかし本当にうまいな。しかも安い」
「ここの食材はほぼ迷宮で入手できるもののようですね」
「えっ、野菜や香辛料、それに酒もかい?」
「はい、そうです。それに迷宮産のおかげで気や魔力が篭っており、食べれば僅かですがLVアップを助けてくれるようです」
「そうなのかい。いつの間に情報収集したんだい?」
「先程の給仕の方からです。それと迷宮産の食材は魔物と戦った後だと、特に美味しく感じられるそうですよ」
「体が欲しているのかな」
「ええ、詳しい理由は解明されていませんが、おそらく旦那様の推測の通りかと」
よく運動していっぱい汗を掻いた後は塩を美味しく感じる様に、LVアップを補助する食材を体に必要なものとして美味しく感じるという事か……。
あり得る話だな。
それに運動した後だから失った栄養を欲してただでさえ食料を欲しているんだ。
上手く感じて当たり前というわけだな。
それに迷宮の恩恵というのも計り知れない。
「神至の塔、この大陸一の規模の未攻略ダンジョン。食材や資源も豊富で、その種類も多岐に渡る……か。このダンジョンのせいで戦争が起こるわけだ」
「この迷宮があれば食料問題も資源不足も起きないでしょうから、どの国も欲して止まないでしょう」
「現状は独立都市国家として、どの国にも中立を取り危うい均衡を保っているようだけど、いつまで持つかな……」
「難しいですね。人の欲とは限りがありませんし、位の高い者がこの大陸の覇権を望めば、あるいは悪意ある者に誘られれば、明日にでも戦争は起こるでしょう」
「はあっ、わかっていたつもりだけどきびしいなー。こんな一般冒険者じゃ、戦争なんかに巻き込まれれば一瞬でお陀仏かな」
この都市の豊かさが争いを招く。
なんとも馬鹿げた話だが、周辺国からしたら真剣な話だ。
いかにしてこの都市の富を手中に収めるか、如何にして他国を出し抜くか、どの国も虎視眈々と狙っている事だろう。
自分の命を他者の思惑にされぬよう、レベルアップは急務として努力してきたつもりだが、現状を目の当たりにするとほんと嫌になる。
溜息を吐く俺に、リオナは笑顔で話し掛けた。
「北の皇国に南の帝国、そして西の聖国と強力な軍事国家が周囲にあります。ですが、各国の力はどこも突出していません。不幸中の幸いですが、3竦みの状態を保っています。どの国も自国から仕掛ける愚を犯さないでしょう」
「それに、その他の国も黙っていない、か?」
「この都市と隣接している国は5ヵ国になりますが、その周りを加えれば倍以上になります。それらの国全てが神至の塔の恩恵を受けています。どの国もこの都市の独占を許しはしないでしょう」
「つまり、レベルアップはしなくちゃいけないけど、そこまで焦らなくていいという事かい?」
「はい、希望的観測になりますが、勝利への確信がない限り大国といへど戦争には踏み切れないかと思われます。それに戦になればこの都市からの物資が滞ります。そんな事は誰も望まないでしょう。そして旦那様と私のペースなら、急がずとも他者にとっては圧倒的な速度での成長になります。一月もあれば、十分余裕をもって上級冒険者にもなれるでしょう」
「ふうっ、それを聞けて安心したよ」
いかんな、ついネガティブな思考になっていた。
それに誓ったじゃないか。
もう二度と、誰であろうと俺の人生は左右させはしないと。
例えどの様な状況に陥ろうとも、その意思だけは貫きたい。
リオナが言ってくれた通り、俺達、特にLVの低い俺は順調にレベルアップを重ねている。
このペースなら上級冒険者になるのも、それほど時間は掛からないだろう。
「とりあえずは、俺達なりのペースでいこうか」
「はい、それが一番です。それと休養も大切ですよ! しっかり体を休めるのもまた、良い冒険者の条件です。それに、ゆっくり二人の仲を深めていくのも重要ですよね?」
「!? はははっ、その通りだな」
そういえばさっきギルドカードを確認したら、魔法使い(笑)の称号は消えてたんだけど、代わりにヘタレの称号が付いていたんだ。
まあ積極性は彼女に及ぶべくもなく受け身気味だし、リオナが気を使って誘う、ないしは俺がそうした風な発言や行動をとり易い様に誘導してくれるから、こんな俺でも行動できているというわけだ。
ヘタレの称号が付くのもしょうがない。
しょうがないが、そのうちなんとかしたいな~……。
そんな事をつらつらと考えていると喧騒が起きた。
「ん!? 何だ?」
「どうやら揉め事の様です。あそこです」
「あれか……」
リオナを指す方向を見ると男女が大声でやりあっていた。
「どうしてだ! そりゃ、あんた達と比べたら劣るのは確かだが、今日も上手くいってたじゃないか!」
「いいえ、全然ダメよ。あたし達はフォローばっかりだったわ。これならあんたがいない方が早いくらいだわ」
「!? まっ、まだ、お試しでパーティに入れてもらってから数日しかたっていないんだ! 連携が上手くいかなくてもしょうがないじゃないか!」
どうやらパーティ間の諍いらしい。
新人を入れてみたものの成果が芳しく正式な加入を断っている……、っといった所か。
納得がいかず声を張り上げているのは金髪の優男風の剣士。
頑として受け付けず跳ね除けているのは、気の強そうな赤毛の女。
おそらくは前衛の剣士、それも魔法ないしは気を巧みに扱う凄腕のだ。
何故かそんな確信を抱いた。
その他に3人同卓している。
ドワーフらしき背は低いながら筋骨隆々の髭面は静かに酒杯を呷り、槍使いらしき長身痩躯の男は、見下した風に優男を黙したまま眺めている。
最後の1人は後衛の魔法使いか。
目つきの悪いローブに身を包んだ男は、我関せずとサラダを食していた。
「あなたが加入日数が少ない事を考慮しても、上手くいっている、なんてとても恥ずかしくて言えないわ。私達の評価はこうよ。カーン、あなたは連携もパーティとしての役割も理解しようとしなかったし、できなかった。それに、肝心の実力が足りない。全く足りていない。だからあたし達のパーティにはいらないわ」
「そんなっ!? まっ、待ってくれ! 反省する!! 反省して心を入れ替える、だからもう少し待ってくれないか!」
「いいえ、ダメよ。私達の結論は変わらないわ。あなたのせいで貴重な時間を無駄にしたし、これ以上はありえないわ」
「!? ギ、ギム! ヴァレット! レイルも何か言ってくれないか! たしかに不甲斐ない部分もあったかもしれない。だけどっ、俺達の仲は良好だったじゃないか! 俺が不甲斐なかったのなら、もっと努力する! だからこのとおりだ!」
「……儂の意見はジニーと同じじゃ」
「ギム!? 嘘だろっ!!」
優男が大仰に天を仰ぎ見た。
そんな男にニヒルな笑みを湛えた痩躯の男から追い打ちが掛かる。
「お前の様なザコは俺達のパーティに相応しくない。元々そういう条件だっただろうが。往生際が悪いぜ」
「ヴァレット、君もなのか! そっ、そうだ、レイル! レイルはそんなことないよな!? レイルはあんなに仲良くしてくれたもんな!」
「……」
「レッ、レイル!?」
「ああ、私を呼んでいたのですか。パーティを脱退される方にもう用はありません。もう話し掛けないでください」
「そんな……」
こりゃ無理だな。
傍から見てもカーンの分が悪く、パーティ残留は絶望的だ。
元々お試しでの加入のようだし、事前に断る話もしていたのだから、一概にどちらが悪いとは言えない状況だ。
ただパーティの総意として優男の加入を決定し、判断基準はどうだったかという疑念は残るが、断り方としてはこうして面と向かって理由を述べ、言い渡しているのだからまだましな方だろう。
まあそんな外野の感想も、当事者の男にとっては到底納得のいくものではないのだろう。
往生際悪く盛大に喚いている。
「おっ、俺はこれでも2年で40階層まで昇った将来有望な男だぞ! そんな期待の新人を袖にするっていうのか!? 後悔するぞっ!!」
「期待の新人ねえ……。どんなもんかと思ったが、期待外れだったな」
「ほんと少しは役に立つんじゃないかって期待したんだけどね。あんたは全く能力が足りていないわ」
「ばかなっ! 俺以上の新人なんか早々いるもんか!!」
「お主が2年で40階なら、わし等は2年で60階じゃ。お主では力不足じゃよ」
「!?」
たしか1年で10階層が目安だったか。
もちろん低階層でなら才能があればもっと早く昇れるし、1年で20階層なんてのも毎年ある程度の割合でいるらしい。
ただそれを考慮しても、優男の2年で40階層は中々のものじゃないかな。
まあ2年で60階層に比べれば、低いと言わざるを得ないが……。
「あっ、あんた達が上なのは認める! それでも俺は絶対役に立つ! それに何でもやる! だから、そんな事言わないでくれよ!!」
「いい加減気付きなさい。足手纏いはいらないの。あんたの様なお荷物抱えたら、攻略速度が落ちるじゃない」
「……ジーニー、頼むよ」
「はっきり言わないとわからないようね。あんたがどんなに優秀と言われようと、あたし達にとって有能じゃなければいらないの! あんた程度の才能は必要ないわ」
そう言い放つと、がっくり項垂れる優男を後目に女達は連れ立って出て行った。
周りの冒険者達も誰も声を掛けようとはしない。
程度はどうあれよくあることなのだろう。
「あんた程度の才能必要ないか、か……」
「彼女達綺羅星は、上級を確実視される新進気鋭の冒険者達のようです」
「綺羅星、どいつもこいつも一癖二癖ありそうで、それでいて自分に自信のある連中みたいだな」
「実力に裏打ちされた自信ゆえでしょう」
たしかに実力があるようだ。
個性豊かな歴戦の冒険者達。
だけど俺と、俺達と比べたらどうだろう?
俺も過去失敗したが、とかく能力が劣る者を見下しがちだ。
自分の力と性格なんて、何の関連もないのにな。
彼女達はどうだろうか?
もちろんこちらから仕掛ける気はない。
どうするかは相手次第だ。
良き隣人、あるいは良好なライバル関係を築けるだろうか?
それともただの通過点、踏み台に成り下がるか。
一体どうなるか、未来を想像しただけで昂ってきた。
突如獰猛な気配を醸し出し始めた俺に、いつの間にか横に来たリオナは寄り添い涼やかに笑った。
「次の目標はあいつ等だな」
「旦那様のご随意に」
「まずは60階層だったか……。2日だな」
「はい、何も問題ありません」
「ああ楽しみだ」
獲物を見つけた肉食獣のような愉快な気分だ。
残った肉に食らい付きながら俺は嗤った。




