第20話 一夜明けて……
「ああ……、やっちまった……」
赤毛との死闘から一夜明け、トラウマを解消して気分爽快のなはずの俺はベッドの上で呻いていた。
原因ははっきりしている。
いや、判り切っているといった方がいいか。
目下の問題は俺の隣でブランケットに身を包み、すやすやと気持ち良さそうに寝ている少女についてだ……。
ダンジョンから帰還すると、さっさとセレナさんに今回の顛末を報告したんだ。
逆恨みから奇襲されたが、逆に返り討ちにしたこと。
リーダーに逃げられ追っていった先で彼女、リオナと出会ったこと。
彼女も漂流人であり、転移した先が偶々隠し部屋でクズ共の残党に出会ってしまい襲われたこと等々……。
その後の俺との戦闘については今回は関係無いので割愛したが、奴等のギルドカードを渡し回収した持ち物を見せながら説明したので、セレナさんもすぐ納得してくれた。
どうやらあいつ等は、初日から奉仕活動を放棄して行方をくらましていたみたいで、ギルドの方では更に重い懲罰を行う予定だったんだとか。
懲罰も何も冥府に旅立った後では意味はないが、ギルドとしても新人冒険者に迷惑を掛けていた彼等の存在は疎ましく思っていたようで、あっさり俺達の正当防衛は認められ、ついでに奴等の所持品も俺達のものということになった。
ついでに報奨金が貰えれば最上だったんだが、犯罪を隠すことだけには長けていたから、ただの冒険者同士の争いという事で決着となったというわけだ。
続いて漂流人である少女の援助の話になったのだが、いきなりやらかしてくれた。
俺に結婚を申し込んでおり、同じ宿を希望すること。
俺次第であるが今後は一緒のパーティとして活動したいことなど、それはもう熱烈に語ってくれましたよ、ええ……。
そのせいでセレナさんから犯罪者を見る様な目で見られて、誤解を解くのにほんと苦労したよ。
あの害虫を見る様な視線。
人外の美を誇るエルフにやられると、ちょっと来るものがあった。
でも俺が他人を騙したり、人を操ったりするスキルを持っていない事はセレナさんは知っていたし、彼女が俺に惚れているのは事実だから、本人からその辺の話を切々とそれはもう熱烈に語られれば、いやでも理解してもらえたよ。
俺は恥ずかしかったし、まさか自分がこんな立場になるなんて、夢にも思わなかったけどな。
そうして一通り説明やら手続きが終わったら、宿に戻って遅めの夕食だった。
彼女も当然の様に付いて来て、一緒に食事をとったんだ。
生来の性格なのか親や教育の賜物なのか判らないが、実に聞き上手で相手を立てるのが上手かった。
それに頭の回転も速く、相手の欲する言葉や合いの手、場の空気を読むのにも長けていた。
本来なら緊張しっぱなしで、真面に喋れなかっただろう俺が気持ち良く談笑できたんだから、相当なものだ。
勧められるままに酒を飲み、過去の武勇伝や馬鹿やった話を調子良くしゃべってしまった。
彼女なら俺の記憶から知っていたはずなのに、まるで今初めて聞いたように感心し、俺を褒め続きを催促してくれたんだ。
それがうれしくて、ついつい話し込んでしまった。
まっ、騙される馬鹿男の典型だな。
今思い返しても、何であそこまで阿保になっていたんだろうか……。
きっと色んな事が起こり過ぎて消化しきれず、おかしくなっていたんだろうな。
初めての殺人。
死の象徴との命を賭した激闘。
そしてそこからの勝利。
挙句の果てには、突然の美少女からの婚姻の申し出だ。
俺じゃなくとも変なテンションになるのは仕方ない、というか当然のことだろう。
それで段々調子に乗った俺は、ほいほい彼女に乗せられていったわけだ。
あの抗い難い蠱惑的な瞳に引き寄せられ、全て彼女の思い通りに進んだんだ、と思う……。
何時も以上に酒を飲み、普段ではあり得ないほど声を出して笑った。
宴が終わり酩酊して思考力の鈍った頭では、彼女が俺の部屋についてくる事実を、その意味を、正しく理解できなかった。
誘われるまま、請われるままに、彼女に応じてしまった。
一度及んでしまえば、その後はなし崩し。
今まで溜まっていたもののを吐き出し、それでも足りないと、何度も何度も彼女を求めてしまった。
・
・
・
・
・
・
・。
目が覚め我に返った後は、自己嫌悪の嵐だ。
意志薄弱というか、典型的なダメ男そのものだった。
彼女から誘ったなんて、言い訳にもなりもしない。
受け入れたのは俺であり、あくまで事を為したのは俺自身なのだから。
はあ~……。
アラサーのおっさんが何やってんだ。
この世界はともかく、現代日本なら犯罪もんだ。
「……後悔、していらっしゃいますか?」
「!? 起きたのかい。いや、自分の阿保さ加減にあきれ返っていてね……」
「慶一様が気に病む事など何もありません! 私が我慢できたなかったのです! 好いた人に全てを捧げ、私のこの思いの丈を、私の思いに一点の曇りもない事を、他ならぬ慶一様に知って欲しかったのです!」
「……君は、強いな……」
彼女の瞳が心配そうに揺れていた。
心配させているのは俺。
頼りない甲斐性なしの俺だ。
「私は強くありません! とても弱いのです。あなた様のものでない事が、僅かな時間でも堪えられなかったのです! そんな、弱い女なのです」
「ごめんな、心配させて」
不安で悲し気な表情が見たくないと、気付いたら抱き寄せていた。
そうして、ゆっくり頭を撫でた。
ああ、ほんと情けないな。
そう、結局の所、俺の自己嫌悪などどうでもいいのだ。
彼女を受け入れるか、受け入れないか……。
ただそれだけに尽きる。
あれだけの事をしておいて何を今更という話。
こうして裸で抱き合っていながらこの大馬鹿が、といわれる惰弱な思考。
はっきり言って彼女の容姿は可愛らしく、俺の好みのど真ん中だ。
性格と驚異の行動力には圧倒されるばかりだが、昨日の出会いや夕食時を思い出せば、協調性があり傾聴力も高かった。正直話していて気持ち良かったし、私的な事でここまで緊張せずに話せたのは、彼女の気配りがあったからこそだろう。
それに、引くべき時に引き相手を立てるべき時に立てられる、言うは易く行うは難しを実行できる謙虚さと知性も兼ね備えている。
更には礼節を備え相手を思い遣る事もできる、実にできる素晴らしい女性だ。
そんな子が俺を好いてくれる。
正直、不満なんて何処にもない。
だけど!
だけど、彼女の一生を背負う覚悟なんて、一朝一夕にできるもんじゃない!
非の打ち所がない美少女。
それも俺を好いてくれる稀有な少女……。
それでも、あまりにも急過ぎて心が追い付けていけないのだ。
俺に撫でられていた彼女がそっと顔上げ、真摯な瞳で俺を見詰めてくる。
「全ては私の我儘なのです。旦那様がそこまで深刻に捉える必要はありません。私は離れる気はありませんし、旦那様さえよろしければ、時間はたくさんあるのです。今後ゆっくり育んでいけばいいではありませんか」
「……それで、いいのかい? それじゃああまりにも不誠実じゃないか?」
「いいえ。旦那様は自分のせいといいますが、私が自分の意思で、望んでこうなったのです。それも私の思いを優先し、こうなるようにもっていったのです! 旦那様は私を恨みこそすれ、気に病む必要などどこにもないのです!」
「君の思いは正直うれしい。責任は取らせてほしいし、大切にしていきたいと思ってる! ただ急展開過ぎて、その、心が追い付いてないんだ」
「先程言った通り、時間なら沢山あるのです。共に過ごし、共に歩み、一歩ずつ愛を深めていけばいいのです。それに婚姻の形など様々です。私の世界では政略婚や、親が決めた人との婚姻が一般的です。権力者達の思惑で婚姻が決められてしまうのなんて、有り触れたことなのです。逆に、旦那様の世界の様な恋愛婚は珍しいのですよ?」
「そう、なのかい……」
所変われば品変わるというが、彼女の価値観は日本では戦国時代的の武将の奥方達に近いんだろう。
結婚してから愛を育てるのを普通だと考えているし、見る限り忌避観らしきものもない。
人の命が安い世界であるならば、恋愛婚などは一部の庶民だけの話だろう。
もっというと金も無い力の無い者など婚姻などできず、力ある者だけが妻を、複数の妻を持てるのだ。
ここも世情や時代背景を鑑みれば、、彼女の世界と同じい婚姻形態に近いと考えるべきだろう。
「……旦那様は誰かの後塵を拝するのをよしとする方ではありません。例え冒険者でなくともどんな職であれ、それが競争であるのなら必ず頭角を現し、最後には頂きに立っているでしょう。そうなれば、数多の女性が旦那様の下に侍るでしょう」
「つまり、きみが急ぐ理由があったと?」
「側室を設けることは許せます。ですが正室の座だけは! 旦那様の一番の座だけは、誰にも譲りたくなかったのです!!」
「そこまで俺のことを買ってくれるのはうれしいけど、俺の嫁になりたい女性なんて早々いないと思うけどな」
「そんなことはありません! 旦那様のご気性とその稀有な才能なら、時間の問題です。あなた様の力と金に目が眩み、庇護を求める者や愚か者も寄ってくるはずです」
「それは、ご遠慮願いたいな」
「もちろん、そんな者達は認めません。旦那様を愛し、旦那様のためになる女子以外は許しません!」
「はっ、はははっ、お手柔らかにね」
流石は長の娘ということか。
思わず圧倒される。
ここら辺は、日本の一般家庭で育った俺にはない感覚だな。
ハーレムね。
そんな未来は早々来ないと思うが、もし来た場合は素直に彼女に任せるべきだろう。
それよりは、まず彼女のことだ。
彼女の思いと俺の思い。
正直まだ戸惑いの方が大きくて、彼女の事は好いているといってもいいかもしれないが、愛しているのかと問われれば、まだはっきりと断言できない。
彼女の言葉に甘える形になるが、これから共に過ごしつつ中を深めていければ、と思っている。
ヘタレの俺としては、この辺りで精一杯だ。
俺の心の動きなど手に取る様にわかる少女は、初めて悪戯そうな顔で微笑んだ。
「側室についてはおいおいですね。まずは旦那様、私と共に愛を育てていきましょう。何も難しく考えることはありません。それに旦那様の国の言葉には、ちょうど今の私達にぴったりの言葉があります」
「うん? 何かな?」
「たしか、英語というのでしたね。Hの次にIがあるのでしょう?」
「ええっ!? ここでだじゃれ!?」
呆気にとられる俺に対し、クスクスとしてやったりと笑う彼女。
初めて年相応の姿が見えたな。
俺もなんだかおかしくて、つい声に出して笑ってしまった。
一しきり大笑いすると、今まで深刻に悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。
何だか緊迫していた雰囲気がどっかに行ってしまった。
そうか、思い詰め過ぎていたのか。
「旦那様、例え政略結婚だとて幸せになれないわけではないのです。婚姻を交わし契り合った後に。幸せなった方達も沢山いらっしゃるのです。ですから旦那様が心配する事など何もないのです!」
「でも、君は逆じゃないの?」
「!? そっ、それは! 未熟者ゆえ我慢できなかったのです! どうかお許しください! なんでもいたしますからっ!!」
今日初めて、いいや、出会ってから初めて彼女をやり込めれたな。
それに、テンパってる彼女がおかしくて可愛らしい。
そんなあたふたとする彼女を見ていると、つい意地悪したくなってしまう。
「ええ~、そんな事言っていいの? 俺が君とは一緒にいられない、とか言ってもいいのかな?」
「っ!? いっ、いじわる、旦那様は意地悪です! なんでもとは申しましたが、私にできる範囲でお願いいたします!」
「はははっ、ごめん、ごめん。でも君もいけないんだよ? いきなり何でもする、なんていうから」
「そっ、それはあせっていたのです! それに、後ろめたい思いがあったのですし……」
「はは、はははっ!」
「もぅ! 旦那様っ! そんなに笑わないでください!」
ああ笑った。
心から自然な形で。
さっきまで罪の意識というか後ろめたさからか、どうにか責任を取らねばならないという切迫感があったけど、それじゃだめだ。そんなんじゃ上手くいくわけがないよな。
ようやくありのままを、等身大の彼女を見つめられる。
理知的で思慮深い彼女は素晴らしい。
俺を立ててくれる、慎ましやか所も好みだ。
予想以上に積極的で情熱的なのはびっくりしたが、嫌いじゃない。
っというか、奥手のヘタレの俺だから、彼女が動いてくれたおかげで二人の仲は進展できたんだ。
むしろここは彼女に感謝すべき所だな。
それにあわてる彼女が微笑ましく、むくれる彼女が愛おしかった。
彼女といたい、彼女と共に歩んでいきたいという欲が勝手に湧いてきた。
だから、自ずと言葉がでた。
「リオナ、これからよろしくな」
「!? 旦那様っ!」
「おわっ!? おいおい、落ち着けって」
俺の胸に飛び飛むと、感極まったのか泣き出してしまったのだ
全ては優柔不断の俺が悪いのだが、彼女も心細かったのだろう。
正直予想外の事態だが、こういうのも悪くないな。
というか二度とない奇跡みたいなもんだろう。
うん、彼女に愛想をつかされないように頑張ろう。
こんな俺だけど、彼女に相応しいと、彼女の横にいるのが当然な男だと認められるようになりたい。
いつの間にか、この腕にかき抱く少女が大切なものになっていた。
自分の半分近い歳の若い少女。
だけどそんな彼女に恋をした。
リオナが落ち着くまでの間、俺はそっと背中を撫で続けた……。




