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第16話 惨劇の中の激闘

 正直、何がなんだかわからなかった。

 隠し部屋の中は何故だか霧が発生していて見渡しが悪く、部屋の広さも曖昧だ。

 だがしかし、そこかしこに散らばる夥しい死体から、ここで惨事が起きたのは間違いない。

 しかもよくよく見てみれば、すぐそばに倒れている男こそ、俺が追っていたクズ共(スカムズ)のリーダーじゃないか!

 おそらく、追いつくまでの僅かな時間の間に殺されたのだろう。

 では、その相手は?

 その答えを直に体験する羽目になった。

 霧を引裂き、何か巨大なものが俺目掛けて高速で迫ってきたからだ!


「うおっ!? っ!? おっ、お前は獄鬼バルギス!? 何でこんな所に!!」


 現れたるは3mを優に超えるであろう大鬼。

 本来なら20階層の階層ボスにして、一般ノーマル冒険者の壁として立ちはだかる存在であった。

 ……なるほどな。

 何故此処にいるのかはわからないが、この惨劇の犯人はこいつで間違いないだろう。

 なにせこの男達は獄鬼バルギスが倒せないために、上に行けず落ち零れたのだから。

 リーダー格のあの死に顔、苦悶と絶望の表情が因縁あるこの鬼に殺された事を如実に物語っている。

 先程俺にした様に手に持ってる巨大な得物、鬼棍棒で打ち殺されたのだろう。


「っ!? ちっ!」


 余計な考察をしている暇はないようだ。

 耳がおかしくなる程の咆哮を上げ、俺に襲い掛かってきた!

 巨体に似合わず動きはとても俊敏で、ぶっちゃけクズ共(スカムズ)よりも遥かに速い。

 それに加え、攻撃は超重量武器だ。

 あの鬼棍棒に当たれば、人間など容易く爆ぜてしまう。

 周りに散らばる死体はそうやって量産されたに違いない。


 だけど、俺がこいつ等と同じ様に簡単にやられると思うなよ!


「なめるなっ!!」


 瞬時に金のオーラで肉体と鎧、そして武器の強化を行うと、振り下ろされた棍棒を後方に退き躱しきった!

 通り過ぎた棍棒が石床を猛烈な勢いで叩くと、轟音と共に破片が周りに飛び散る。

 信じられない力。

 ダンジョンを破壊できるほどの驚異的な膂力!

 確かにこれなら、人など容易く屠れるだろう。

 努めて冷静に観察を行う俺に、鬼の追撃が止まない。

 下からの斜め上への振り上げ!

 それをかわすと、避けられるのを気にした様子もなく縦横無尽に棍棒を振り回してくる。

 濃霧の中、距離をあけすぎるわけにもいかず、更には足元に死体や千切れた臓物等が散逸している。

 足を取られればアウトだ。

 それに、壁に追い込まれるのも危ない。

 はっきりいって戦う場所と状況が悪い。

 これ程の命の危機は、一体いつぶりだろう。

 少なくともこの世界に来て初めて、俺は窮地に立たされていた。


 だけど、それを同時に興奮と喜びが留まる事を知らず、次から次へと沸き上がってきた!

 待ち望んだ真剣勝負。

 それも1つのミスが命取りに関わる戦いだ!

 

 さりとて、絶対に勝てないというわけでもない。

 こうして回避に専念すれば、大鬼の素早い攻撃でも避け切れる。

 劣悪な条件下でさえ、決して相手に負けていないのだ!

 

 俺は足元に気を使いつつ、獄鬼バルギスの鬼棍棒を慎重に躱していった。

 横薙ぎを察知して後退し、直下や斜めの振り下ろしを敢えて剣を使わず避けに徹する。

 下手に受け止めれば、武器が痛むの恐れがあるからだ。

 また時には敢えて飛び込んで鬼の脇を全速力で駆け抜けるようにして、壁際からの脱出も成功させた。

 そして観察を繰り返す……。









 しばらく経った後下した評価は、俺の敵ではない、だ。

 強敵に対し、あまりに驕った増上慢な評価だと思えるかもしれない。

 だが、俺の中では紛うことなき真実なのだ!

 確かに敵は俊敏で、その上力も強い。

 当たり所が悪ければ命を落とす事になるだろう。

 そう、当たりさえすればだが……。


 如何せん俺の相手にするには遅い、遅過ぎるのだ。

 獄鬼バルギスは20階層のボスであり、LV20の冒険者達が挑む壁だ。

 だが、俺ならどうだ?

 気で強化された俺のステータスは、LV20の平均の2~3倍もある。

 濃霧の中、更には足元への配慮をしてさえ、慣れてしまえば回避は難しくなかった。


 加えて残念なことだが、この巨鬼には技がない。

 あくまで全力で武器を振り回す事しかできないのだ。

 もちろん、相手は人外の鬼の強靭な力。

 普通ならそれだけで十分なのだ。

 新米の冒険者達をステータスで上回る鬼が、その脅威の身体能力を生かして力と速さで圧するのだ。

 格下では受けきれず致命傷を負ったり、下手すれば一撃で致命傷を負う事もあるだろう。

 そこをなんとか仲間と助け合いながら、この強大な敵に立ち向かうわけだ。


 だが俺は、すでに速さで上回っている。

 力は相手に分があるようだが、技は比較にならない程こちらの方が上だ。

 そして鬼にとっては不幸な事に、俺の攻撃力は鬼の防御力を上回っている。


 ほらっ、棍棒を交わして通り抜けざまに胸を斬り付けると、鬼の筋肉もなんのその、深々と裂けてしまった。


「ああ、これは駄目だ」


 溜息交じりに俺は肉体のオーラをきり、強化は武器だけにした。

 技も減ったくれもない鬼の全力、()()()()での攻撃では、もはや俺には届かない。届かないのだ。

 このまま一方的に攻撃して倒してしまってもよいのだが、それでは敵と変わらない。

 単純な身体能力の差での勝利では、俺の成長につながらない。

 せっかく20階層のボスが、強敵がいてくれるのだ。

 獄鬼バルギスには俺の糧になってもらおう。

 俺は腰を下ろしてどっしりと構えると大喝した。


「もう俺は逃げない!! さあ、獄鬼バルギス、俺はここだ! 掛かってこいっ!!」


 これ見よがしに挑発するとどうだ。

 怒り狂った鬼が雄叫びを轟かせ襲い掛かってきた。

 身体強化をあえて止めた俺より、遥かに上の速さでだ!

 だがこれこそ、俺の待ち望んだ戦いだ!

 ゼーニック流の剣の冴え! その身に知らしめてやる!!


「清流・牙斬……」


 猛撃を受け流し、体がおよいだ鬼の胸に容赦のない反撃の刃を喰らわせてやった。

 基礎となるゼーニック流の地の型は優秀だ。

 特に力押ししかできない頭が筋肉そのもののとしか思えない脳筋には、受け流し(清流)からの反撃(牙斬)がとても有効である。

 あるいは、


「虎壁・清流」


 一瞬だけ棍棒を受け止め(虎壁)、力の鬩ぎ合いと見せ掛けた後に流して崩しやる。

 技もへったくれもない常に全力の鬼は隙を晒し、いい様に俺の攻撃を受けてしまう。

 ただ学習能力もあるにはあるようで、水平の横薙ぎで受けた俺をふっ飛ばすと距離を詰めてくる。

 そこからの攻撃がいただけない。

 打ち下ろしの剛撃を交わしざまに胸に一撃して駆け抜ける。

 胸に攻撃を一転集中しているせいで流血が著しく、あの鬼が痛みで苦しみ悶えている。 


「どうした、どうした! それでも鬼か! もっとだ、もっと俺に鬼の力を見せてみろ!」


 鬼相手に発破を掛けているが、その実こちらも余裕綽綽というわけではない。

 相手の攻撃の受け損ないや避け損ないで大怪我を負うかもしれないのだ。

 大鬼の一撃一撃に精神をすり減らしながら技を繰り出し、真剣に対処しているのだ。

 だが、これこそが待ち望んだ機会でもある。

 一歩間違えば自分が死ぬという状況で、冷静さを失わず戦う。

 今後、より凶悪さを増してくる魔物相手に絶対に必要なものなのだ。

 

 傷付き苦しみつつも鬼は常と変わらぬ俊敏さで動き、咆哮を上げ狂ったように棍棒を振り回してくる。

 俺はその一つ一つを丁寧に避け、捌き、飛び退き、あるいは回り込んだり受け流しつつ、有利な状況下で反撃を加えていった……。





 5分、10分と過ぎていき、目まぐるしい立ち回りの中で心臓は早鐘を打ち、肺も激しい振幅を繰り返した。

 精神的疲労も凄まじく息も絶え絶えな俺に対し、幾重もの傷と血溜りを作るほどの出血を強いられた大鬼。

 どちらも限界が近かった。

 だがしかしこんな疲労困憊な状況が、何故か無性に楽しく充実していた。

 戦って、戦って、力を、技を競い、互いの命を取り合った。

 これ程懸命に全神経を傾けたのは、一体いつ以来の事だろうか……。

 だがもう長くはない。

 俺は嗤い、鬼も嗤った。

 終わらせよう。

 手加減は無用だ。

 鬼の全力に対し、俺の本当の全力を!

 今の俺の全身全霊、使える技やスキルその全てをもって、目の前の強敵に挑む!

 全身から黄金のオーラを噴出させると、今日初めてこちらから攻撃を仕掛けた。


 迎え撃つ鬼も全力だ。

 両手で巨大な棍棒を振り上げると、大咆哮と共に真っ直ぐに叩き付けてきた!

 力強い筋肉の躍動。

 今日一番の速さだ!

 だがそれでも、俺の方がもっと速い!!


「破斬っ!!」

 

 振り下ろされた棍棒を切り落とし、その勢いを些かも減せずに鬼の肉体を斬り進みながら駆け抜けた!

 停止した後、ゆっくりと振り返ると、鬼の胴は左肩から斜めに両断されちょうど崩れ落ちていったのだった……。


















 これで終わり。


 強敵との戦いに満足しつつ、大きく呼吸を繰り返し息を整えながら、先ほどの戦いを振り返っていると、ふと違和感に気づいた。

 獄鬼バルギスの、その肉体は既に還ったというのに、俺の方に来るはずの気や魔力が、ごく微小でさえ流れ込んでこないのだ。

 それに、霧は依然として晴れないままなのだ。

 おかしい。

 まだ何かあるというのか……。

 その証拠に体が緊張を解かない。

 それ所か今すぐこの場を離れろと、本能が警鐘を鳴らし続けていた。


 どうする?

 逃げるか?


 本の僅かの逡巡が、俺が逃げ遂せる最後の機会を逸しさせた。

 ほど近く、霧の中から大きな唸り声と共に巨大な何かがのそりと立ち上がった!


「!? 嘘だっ!! お前は死んだはずじゃ!?」


 目の前に現れたのは、死んだはずの相手。

 かつての俺の死の象徴というべき、恐るべき巨獣であった……。

 






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