第15話 望まぬ再開 ~ある男の述懐
神至の塔15階。
それが、俺の朝から数時間の成果だ。
各階数回程度魔物と戦ったら、階段を探しひたすら上に上っていった結果でもある。
100階層まではギルドの図書室にほぼ完全に近い地図があるし、ギルドで書き写しの販売もしている。
しかも20階層までは誰でも無料で入手できるのだ。
事前に地図をセレナさんから貰っておいたので、こうして迷うことなく上ってこれたのだ。
既にLVは16.
ステータスにいたっては全て100をオーバーし、150すら超えているものもある。
LV20の冒険者のステータスは凡そ50~100という話であるから、性能面でいえば一人といへど20階層のボスに挑めるんじゃないかな。
何故さっさと上に目指しているのかというと、正直敵に脅威を感じなかったからだ。
気や魔法を覚えたせいで、今のスキルレベルでも肉体強化を行えば一時的に元の2倍近くにまで向上してしまうのだ。
11階層なんて現状の半分でもあれば、十分勝てる程度なのにだ。
戦闘はもちろん、純粋な肉体の力のみで、シンプルな暴力で決着がついてしまった。
本来、技と力を駆使し、知恵を振り絞り仲間と協力し合って、魔物達と熾烈な戦いを送るはずだったのに!
一瞬の油断が、一時の気の迷いが生死を別つ、そんな戦いを望んでいたにも関わらずだ!
……俺は戦闘狂であるが、死にたがりというわけではない。
では何故そんな危険な戦いがしたいかといえば、はっきりいえば効率が良いからだ。
緊張と真剣さが要求される戦い、実力伯仲の油断も甘えも許されない戦いは、凡百の練習や戦いに勝るからだ。
全霊で活路見出し、技と力持てる全ての力を駆使して勝利を捥ぎ取る!
それこそが、成長への早道だからだ。
もちろん実戦でそんな危険な事をやり続ければ、命を落とす危険性が出てくるのは当然だ。
だが安全マージンを取り過ぎれば、成長が遅れるのもまた紛うことなき事実なんだ。
俺はいつまでも他人の後塵を拝しているなんて堪えられない!
多少の危険を冒してでも、一分一秒でも早く高みに昇りたいんだ!!
それに加えて、低階層の内に全力での命のやり取りをしておくべきなんだ。
上層では更に凶悪な魔物や罠が待ち受けている。
生死を掛けた戦いを経験せずに、1つのミスもできない強敵との戦闘なんてやりたくもない!
そういうわけで、今の俺に相応しい適正階層を目指して驀進中というわけだ。
だがえてして人生なんてものは、自分の思い通りに行かないものだ。
好事魔多しともいうしな。
上り階段を目指し石造りの細長い廊を抜け、大部屋に入ると待ち構えていた冒険者の集団が左右から矢を何本も打ってきたのだ!!
「っ!?」
予想だにしない事態!
それも魔物相手でもなく、同じ冒険者からの攻撃だ!
油断していたといいたくないが、相手の姿を見て反応が遅れてしまった。
何とか両手で顔面を庇い、来ていた軽鎧のおかげである程度は防げたが、それでも何本かは刺さってしまった。
しくじった。完全に自分のミスだ。
俺は安全な日本での常識に囚われ、何処かでまだ高を括っていたのだ。
人が人を襲う事なんてよっぽどのことだと、安易に考えてしまっていた。
その結果がこれだ。
矢に麻痺毒でも塗ってあったのか、急激に体の自由が奪われていく。
「よお、おっさん。言っただろ? また会おうってな!」
「おうおう、みっともなく這いつくばりやがって! ほんと、無様だぜ!」
「あなた達は……」
「おいおい、薄情だな。ついこの間、会ったばかりじゃねえか」
「そうだぜ、お前は俺達クズ共に楯突いたんだからなっ!」
そうクズ共だ。
何人かは見覚えがないが、一昨日いきなり場所を譲れとギルド内で因縁を付けてきた阿保共だ。
こんなチンピラまがいの奴等が、まさかここまで大それた事をしでかすとわ……。
俺は無詠唱で麻痺回復を唱えつつ、時間を稼ぎのためにできるだけ苦しそうに、そしてできるだけ滑稽そうに、慌てふためきつつ疑問を口にした。
「……あっ、あなた達は今、ギルドで奉仕活動をしているはずでわ? そっ、それに、ダンジョンへは立ち入り禁止のはずです!」
「へっ、奉仕活動なんて、真面目にやるわきゃねえだろうがっ!」
「それに、ダンジョンの入り口はギルドの者に見張られてるが、抜け道なんていくらでもあるんだぜ?」
「そっ、そんなっ!? それに何故、私を襲うのです? あなた達とはほとんど初対面みたいなものでしょう?」
「はあっ!? 何を今更! 俺達に逆らったんだ! 何されても文句ねえだろうがっ!!」
なんて屁理屈!
自分から吹っ掛けてきたくせに、理不尽極まりない。
それにどうやらギルドの万全じゃないようだ。
ギルド内部に裏切り者がいるか定かではないか、内通者か塔の入り口以外からの侵入、あるいは何等かの抜け道がある事だけは確かだろう。
「……それにおっさん漂流人なんだって? その装備、20階層で手に入るもんだろ。新人が身に着けるにしちゃ上等過ぎらぁ。もったいねえから、俺達が有効利用してやるよ」
「デブの手前には、豚鬼に金貨だぜ!」
「……好きでこんな世界に来たわけじゃないですよ! そっ、それに、私の装備を使えばバレバレですし、私が行方不明になった後に装備を売れば、足が付くんじゃないですか?」
「はっはっは、心配すんなって。こっちには盗品専用の取引先なんていくつもあるんだ。だから安心して、酒代の足しになりな?」
「ぐへへへっ、ついでに俺達の玩具になってもらおうか!」
「ああ、無様に這いつくばり豚みたいに呻いてみな。おっさんの悲鳴はどんなんだろうなぁ?」
「……」
ああ、これは確定だな。
セレナさんの言う通り、こいつ等は他の冒険者を殺してきたんだ。
それもストレスの捌け口として玩び、無辜の冒険者達の最後を汚したのだ!
……相手は最低の屑野郎共だ。
それなら何の遠慮がある?
相手は俺を殺すだけでなく、俺の無様を愉しむつもりなのだ。
ああよかった。
俺の初めての相手がこいつ等で。
何の良心の呵責もなく、害虫を払うように無感情に!
ただ無心にゴミ共を叩き潰せるじゃないか!!
「……そうですか。最後に聞きますが、それであなた達の良心が痛まないのですか?」
「はっ! 良心? そんなもので腹は膨らむのか?」
「くだらねえ! おめえはただ腹が捩れるような情けねえ姿をさらしときゃいいんだよ!」
「何で私が、あなた達の様なクズ共の玩具にならなければならないのですか?」
「「「手前っ!!」」
挑発に見事に反応した数人が、獲物を振り上げ襲い掛かってくる。
俺の望んだ通りに!
こちらは既に麻痺は完治してある。
相手側に飛び込むと、気で強化した剣を横に払った!
「あっ!?」
「ギャリー!? てめえっ! おおっ!?」
「サージュ!?」
一人一殺。
瞬く間に襲い掛かってきた数人を倒し切ると、肉体強化を行い面倒な弓使いの元に疾駆した!
「ああっ!?」
「何でだ! 相手はただのクソデブのじじいだろうがっ!!」
敵は混乱の極み。
仲間達の突然の死と俺の予想外の強さで理解が追い付いていない。
圧倒的有利な状況からの瞬時の逆転劇だ。
狂乱し喚き散らし、それがまた更なる動揺を呼ぶ。
俺はただ隙だらけの相手の命を刈り取っていった。
「馬鹿野郎共がっ! 集まれ!! 俺の側で陣形を組むんだ!」
「今更遅いですよ」
「……クソがっ!!」
何とか立ち直ったリーダーが号令を掛け仲間を叱咤した時には、もう残り4名になっていた。
あまりに脆く、弱い。
罠に嵌め、絶体絶命の相手を嬲る事しかしてこなかったのだろう。
だから弱い。
だからこそ、いつまで経っても20階層を攻略できないのだ。
「てっ、手前! なにもんだ!」
「そんな姿で油断させやがって! さてはギルドの粛清者だな!!」
「いいえ、あなたが先程言った通り、ただの漂流人ですよ。それもこの世界に訪れて、わずか数日のね!」
「ああっ!? それなら、なんでそんなにつええんだよ!」
「!? そうか! さては手前っ! 元居た世界でも高LVの冒険者だったんだな!」
「いえいえ、数日前までは正真正銘のLV1でしたよ。更に言えば、今日はダンジョン探索2日目です」
「手前! ふかすのも大概にしとけよ! たった2日でそこまで強くなるはずがねえ!!」
「冗談も何も事実ですよ。 あなた方がどれだけの年数が掛かったか知りませんが、私がこの強さを手に入れるのに必要にだった時間は、ほんの数日でしかありません」
「うそ、だろ……」
見る間に顔面蒼白になっていくならず者達。
その気持ちもわからないでもない。
態のいいカモだと思っていたら、見た目新人のとろそうなデブに擬態していた理不尽の権化なのだから。
だが同情はしない。
どんな理由があろうと他人を的にし、その命を、その財を奪おうとしたのだから!
「……俺達と何が違う! 才能があれば、相手より強ければ、何しても許されるのか?」
「何を言ってるんです? 私の行動は正当防衛の範疇でしょうが。勘違いしないでください。あなた達が私の命を狙ったんです。だから返り討ちにされても、殺されても文句ないでしょう?」
「ちっ、クソがっ!! おい、一斉に掛かれ!! もうそれしかねえ!」
「「「おおっ!!」」」
「!?」
リーダーの号令一下クズ共が最後の攻撃に出たが、リーダーだけ、あのずる賢そうで底意地の悪そうな男だけは反転して逃げを打ったのだ!
やられた!
仲間を囮にして自分だけ助かろうと逃げ出したのだ。
あいつだけは逃がすつもりはない!
3人での一斉攻撃に対し、俺は右端から各個撃破に掛かった。
気飛剣で腕ごと武器の斧を弾き飛ばすと、側面に回り込み首を斬り絶命させる。
倒れかける男を蹴っ飛ばし、真ん中の剣士を巻き込んで吹っ飛ばした!
「あああっ!!」
「おそい!」
あっという間に戦列は崩壊。
それでも左の男はしゃにむなって俺に剣を振り下ろしてきた。
だが、如何せん遅すぎる。
初日に手加減に手加減を重ねてもらったマリー師範代の動きと比べても、洗練さはさる事ながらあまりにも動きが遅かった。
後の先を取り、相手の刃より先に俺の剣が敵を鎧ごと切り裂いた!
これでこの場には残り1人だ。
「まっ、待ってくれ! 頼む! この通りだ!」
「待ちません」
「そっ、そんな!? あっ……」
哀れに命乞いを繰り出す男に、俺は容赦をしなかった。
待ち伏せから不意打ちし、更には毒まで使って命を狙ったくせに、負けるとわかったら助けてくれだと!?
ふざけるのもいい加減にしろといいたい。
こういう奴等は助かったとしても、絶対に改心せずまたやらかすのだ。
それも今度の相手は俺じゃない。
善良でまだ弱い新人を的に掛け、その命を散らさせるのだ。
ここでこいつらを始末してやる事が、後の被害者を減らす事につながるはずだ。
そう思いつつ、漸く体に刺さった矢を無理やり引き抜いた。
「うぐっ!? ははっ……痛いな」
強烈な痛みが奴等への怒りを再燃させた。
しかしアドレナリンが分泌していたせいか、戦闘中あまり痛みを感じずに済んでよかった。
動きが鈍ればあいつ等に後れをとり、俺がやられるなんて未来もあり得たんだ。
あんな卑怯な奴らにだ!
そうだ、今は人を殺した事もこの戦いの反省も後回しだ。
まだ敵を全て倒したわけじゃないんだ!
まだあいつが残っている!
急いで回復呪文を掛けると、逃げた男を追いかける。
大分離されたが、この階層の地図は頭に入っている。
だが、逃げた男の先は行き止まりの何もない小部屋のはずだ。
走り込んだ開け放たれた小部屋に入ったが、案の定男の姿はなかった。
しかし、戦った大部屋からはほぼ一本道だし、横道に逃げたとしてもそこまで離されたわけではないからわかったはずだ。
意味が分からない。
「どういうことだ……? 落とし穴!?」
部屋の隅には落とし穴らしきものが、ぽっかり口を開けていた。
俺は不意打ちを警戒しながら、慎重に穴に近付くと覗き込んだ。
しかし、穴の中にもやはり男は居なかった。
「外れか……。逃げられたか。いや、これはっ!?」
よくよく穴を観察してみると一部隙間が空いているじゃないか!
俺は飛び降り隙間を横に押してみると、開いた!!
そうか、隠し部屋だ。
しかも落とし穴の中にあり、周りと同じ造りだから見付け難い事この上ない。
なるほど、この秘密の部屋でやり過ごそうとしたんだな。
だがあせっていて、完全に締め損ねたんだ。
追い詰めたな。
俺は隠し扉をくぐり、ゆっくり進んでいった。
先には敵の仲間が残っているかもしれない。
もう不意打ちを受けんぞと慎重を期しつつ、進んだ先には予想外の光景が広がっていた。
そこには、むせ返る様な血臭とあまりにも悍ましい光景のこの世の地獄があったのだ……。
……俺の名前はどうでもいい。
俺は何処にでもいる落ち零れの一人。
他人の足を引っ張り、新人を食い物にする最低野郎共の親玉だ……。
俺達の大半は孤児出身者だ。
学も教養もねえ。
あげくにちゃんとした道場に通う金なんて、あるわけもねえ。
ただその日のその日の命を繋ぐ事に必死で、盗みに手を染め、この世を呪って生きてきた。
冒険者になれる年齢になったら、雑魚同士でパーティを組みダンジョンに入った。
俺達みたいな屑でも低階層ならやっていける。
必死に金を貯め、武器を揃え馬鹿野郎共と上を目指したんだ……。
だが、それがいけなかった。
俺達は有用なスキルも学べず、まともな称号の一つももっちゃいねえはみ出し者達だ。
並みの冒険者よりも更に何倍も遅い俺達が低階層で躓くのは、当然だったってわけだ。
あの日、20階層で、苦楽を共にしたたった一人の相棒、将来を共に生きようと思っていた女はあっさりと死んだ……。
あれで俺は折れちまった。
俺達出来損ないには、これ以上上に行く事なんてできない、ってな。
それから酒に賭け事に逃げ、時には歓楽街の娼婦に逃げ、ただただ辛い現実から目を逸らし続けた。
そうしたら、当然金なんて続くわけがねえ。
生きるために、俺は再び犯罪に手を染めるしかなかった。
それも、楽で簡単に稼げる方法でな。
簡単だったぜ。
殻のついたヒヨッコ共、経験の浅い新人をカモにすればいいだけなんだから。
といっても殺しや奴隷落としは足がつき易い。
一番儲かるが、ギルドの目がある。
バレたら、俺達なんか死ぬよりも辛い目に合わされるだろうな。
なにせ、俺達みたいな犯罪冒険者はいくらでもいるんだ。
見せしめも兼ねて拷問されるなんざ、むしろ当然だろう。
なんせ俺達は他人に寄生し食い物にしている、クズ共の集まりだからな。
ああっ!?
罪の意識はないのか、って?
そんなもん、あるわきゃねえだろうが。
生きるために犯罪を重ねてきたんだから。
だから、あのデブなおっさんを見つけた時もいい獲物を見つけたとしか考えなかった。
しかも、しばらく間を空けていて殺しには手を出していなかったからな。
あのおっさんは、新人のくせに上等な装備を持っていた。
ちょっと調べれば、すぐ漂流人だってわかった。
そうじゃなきゃ、あの装備はつけれねえ。
ただ漂流人ってだけで優遇されるんだ。
俺達にはそんな奇跡を受ける資格すらねえのに、あのおっさんにはあった。
不公平じゃねえか。
だから躊躇なんてなかった。
待ち伏せし、油断したおっさんに麻痺矢をたらふく食わせってやった。
痛快だったぜ!
のたうち回り、痛みで顔を歪める弱者の姿は!!
だがその後がいけなかった。
調子に乗り種明かしをする間に、おっさんは麻痺を回復させ虎視眈々と反撃の機会をまってやがったんだ!
しかも魔法だけじゃねえ!
気による肉体強化や武器強化も、恐ろしいレベルだったんだ!
挑発された数人が一瞬の内に虐殺されると、混乱する俺等を無慈悲に淡々に殺していきやがったんだ!!
気付いた時にはもう手遅れだった。
頼りの弓使いも殺され、残るは近接武器の奴等だけだ。
当然相手ほどの技量もスキルもあるはずがねえ。
一方のおっさんはやる気満々だ。
この場に留まりゃどうなるか、学のねえ俺だってわかっちまった。
言葉だけは馬鹿丁寧だが、俺等をゴミや虫けらとしか思っていない事は明白だったからだ。
ここにいりゃ殺される!
だから仲間を囮にして、形振り構わず逃げ出してやったぜ。
おっさんには勝てねえだろうが、やり過ごせる勝算があったんだ。
俺には、いや俺達悪党共には秘密のアジトがあるだからな!
そこには大概別のパーティがたむろしてるし、普通では見つけられない所にある隠し部屋なんだ。
食料の備蓄もしてあるから、数日過ごすなんてのは余裕でできる。
そうやって、俺達は何度も追っ手を振り切ってきたんだ。
もし万が一見つかったなら、奴等を囮にしてその間にまた逃げればいい。
そう思って逃げ込んだ先は、地獄だった。
知り合いは惨たらしく殺されていて、そこかしこに臓物をぶちまけてあった。
吐き気を催す死臭。
おぞましい光景を目の前に、俺はただ茫然と立ち尽くした。
それが俺の見た最後だった……。




