第14話 初めての魔法
だがこの力は、今の俺にはまだ過ぎたるものであった。
「ぐうっ!?」
「おいっ、どうした!? 力を解くんだ! 早くしろ!!」
急激な力の減少と疲労を感じ、師匠に言われた通り力を解いた。
立っていられず、地面に手をついてしまう程の強烈な疲労感だ。
何度も呼吸を繰り返しながらゆっくり冒険者カードを取り出し確認すると、気力も魔力も5割近く失われていてた。
10秒にもみたない僅かな時間でだ!
気力のみを用いた強化なら10分以上続けていられるというのに、恐ろしい消耗の差だ。
慣れてきて制御し易くなればもう少し抑えられるのだろうが、さすがは超高等技法。
低LVの俺では極短時間しか使用できない。
まあ一応使える事はわかったから今度の課題という事で、今はこれでよしとしておこう。
それより、余計な事をして師匠に余計な心配と手間を取らせた事を謝るべきだ。
大きく呼吸を繰り返しながらゆっくり立ち上がると、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。好奇心が抑えきれず、つい試してしまいました。しかし、さすがは超高等技法ですね! なんとか使えるのはわかりましたが、たった10秒程度で5割近くもっていかれました」
「はあっ、たくっ! お前が規格外過ぎて、何から突っ込んだらいいかわからねえぜ!」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いいか! よく聞け! 普通は、いや、例え天才だとしても、自分の魔力を使えるようになったその日に、気と魔力の合成なんてできるわけねえんだよ!! 超高等技法は伊達じゃねえんだ。一握りの天才が長い年月を掛けて漸く習得するのが、今お前が一瞬でやってみせた技法なんだよ!」
レイノルド師匠が初めて興奮気味に叫んでいる。
それだけの事を仕出かしたという事なのだろうが、どうにも実感が湧かない。
試したらできたという程度なのだ。
俺の覚えが人一倍早いのは確かだが、そこまで難しいとは思えない。
「う~ん。時間を掛ければ、誰でもできるようになるのではないですか?」
「できねぇよ!! 気や魔力の片方、あるいは両方だって、使えねえ奴には一生使えねえんだぞ! ましてやこの超高等技法なんて、両方使える奴の中でも選ばれた者だけが使える、本当に難しい技術なんだ」
「そう、なのですか?」
「……俺は自分の師や親族を含めた今まで出会った事のある奴の中で、お前ほどの超規格外は他に見たことがねえ! 気をどこで覚えたか知らねえが、そっちでも似たような事言われたんじゃねえか?」
「はあ。そういえば、ゼーニック流のマリアンネ師範代にも、近しい事を言われましたね」
「あの風斬り姫にだとっ!? ……まあ、今日のお前の様子を見る限り、そうなんだろうな。お前に常識を当て嵌めるのを止めるわ」
何ともな言われ様だが、否定しても話がややこしくなるだけだから、甘んじて受け入れる。
それにしても確かに難しいのは難しいのだが、絶対に覚えられない程でもないと思うのだが……。
いや、よそう。
また脱線になるし、解決策を思い付いたわけでもない。
必要になったら考えればよいだろう。
それに今は別に気になる事がある。
「風斬り姫、ですか?」
「二つ名だ。有名な冒険者には大概付いてるもんだ。マリアンネ・ゲーニッツといったら、特級冒険者への昇格の超有力候補だ。知らない奴の方が珍しいぜ」
「なるほど、さすがはマリー師範代! ちなみにレイノルド師匠にも、二つ名はあるのですか?」
「自分で名乗る程のものじゃねえ。気になったら自分で調べな。それより、肝心の回復魔法の習得に戻るぞ!」
「ああ、すいません! よろしくお願いいたします!」
知らない事が多過ぎて、ついつい質問してしまう。
いかんな。集中しなくてわ。
頭を振り雑念を追い出すと、真剣な顔付きに戻った。
その様子に、師匠は満足げに頷いた。
「いいか? よく聞け! 細かい理論は省くが、魔法は意思と想像の力。特にイメージが大切なんだ! 自分の魔力が呪文を通して行使したいものに変わる! そのイメージを毎回しっかりと心掛けるんだ!」
「はい、わかりました!」
「呪文は、リ・デ・ステルト、癒光だ。やってみろ!」
「リ・デ・ステルト、癒光!」
……何も起きない。
両手に魔力を集め、教えてもらった呪文を唱えてみたが、魔法は発動しなかった。
「リ・デ・ステルト、癒光! ……リ・デ・ステルト、癒光! ……駄目ですね」
今度は全身に魔力を顕現させ、全力で魔法が発動する様に意思を総動員してやってみたが、先程と同様にできなかった。
呪文の名から温かな癒しに光を想像してやってみても、どうにもならない。
「師匠、すいません。魔法が発動しません」
「まっ、そうだろうな。それでできたら、お前は初心者じゃないか、人間じゃない」
「はあっ!? どういうことですか?」
おいおいおい!
初めから失敗する方法を教えてたのかよ。
まさか嘘の呪文を教えたのか?
それに、必ず失敗するとわかっていて見ていたのか……。性格悪いな。
俺の疑念と恨みがましい視線もどこ吹く風。
レイノルド師匠はしてやったりのドヤ顔で、喜々として解説しだした。
「まあ聞けっ! 教えた呪文は何も間違っちゃいない。正しい呪文だ。見ろ! リ・デ・ステルト、癒光!」
呪文を唱え終わった瞬間、師匠の右腕から柔らかな白い光が発現した。
なるほど、確かに正しい呪文を教えてもらったようだ。
だが、それなら何故俺の魔法は発動しない?
「それなら、何故私は魔法が使えないのですか?」
「ふっふっふ、お前に教えたのは簡易詠唱のための呪文、圧縮呪文だ。この簡易詠唱魔法を発動するためには、元となる魔法を習得している必要がある」
「だから師匠はできても、私は使えなかったのですね。ですが、何故そんな事をしたのですか?」
「さっき言った通りだ。これで魔法が使えたのなら、お前は既に癒光を習っていた事になる。あるいは、簡易詠唱法から元となる魔法を構築できる化物となる。まっそんな化物、長い歴史の中でも、人間以外の種族でも見た事も聞いた事もないがな」
つまり師匠は、あまりに覚えの良い俺に不審を抱いていたわけだ。
本当に初心者なのか、って……。
まあ、そう疑われるのも仕方のない事をやったから、師匠の行動にも納得せざるを得ないか。
まあしょうがないか。
「なるほど、そういう事ですか。それなら仕方ないですね」
「まあ確かめるという意味もあるにはあったが、実は単なる嫌がせさ。どうだ? 失敗の味は? 天才だからこそ効いただろ? お前も凡人の気持ちをもっと味わうべきなんだ」
「なっ!?」
嫌らしく嗤う師匠の顔といったら……。
あの小憎らしい顔。
瞬間的にぶん殴りたくなって、我慢するのにかなりの忍耐が必要だった。
こっちは堪えているというのに、今もなおムカつく顔で挑発し続けている。
正直、はっ倒したい。
だがそれと同時に、俺の中の冷静な部分が疑義を発する。
何故、わざわざそんな見え透いた行動をするのかと……。
俺が嫌いだから?
わざわざ初対面の受講生、それもギルドが面倒を見る漂流人相手にやるにはデメリットが多すぎる。
逆に、俺の事を心配してくれたと考えるべきだろう。
一般的に言われる話だが、天才は脆いし打たれ弱い。
何でもすぐ出来て称賛を浴びるのに慣れ親しんでいるから、失敗に弱く叱責で容易に心が崩れるのだ。
おそらくそれを憂慮して、確かめたんだ。
見た目がラフ過ぎて駄目な男感を出しまくっているが、どうしてどうしていい師匠じゃないか!
マリー師範代にもつい先日言われたが、ここは少し自分を曝け出すべきだな。
俺にはそんな心配無用ですよと……。
「師匠、ありがとうございます。わざわざ、私の事を心配してくれたんですね」
「おいおい、感謝する所なんてどこにあった? 俺はお前を妬み、嫌がらせをしたんだぜ?」
「天才は脆いですからね。それを心配してくださったのでしょう? ですが大丈夫です。元居た世界では、私は数限りなく失敗し見下されてきましたからね」
「いやいや、お前が失敗、見下されてきたってのは、何の冗談だ? お前の世界は、規格外の超天才ばっかりなのか?」
「いえ。これは傲慢に聞こえるかもしれませんが、俺より上な奴はいませんでしたよ」
「そりゃそうだろうな。じゃあ、どういうことだ?」
「若気の至りですが、色んな事に手を出して初心者は笑われるってやつを、積極的にやってたんです。これが面白いんですよ。初めは上から目線で見下してきた奴等を、逆に見下し返すのが! あれは見物ですよ。私を嘲笑していたのに、いつの間にか自分が笑われる立場になった奴等の顔は!」
「おいおい、案外いい性格してるじゃねえか」
「はははっ。だから失敗や嘲笑なんて、私にとってスパイスでしかないんです。勝利の味をより旨く、引き立ててくれるスパイスなんですよ!」
「……」
言葉こそ丁寧だが獰猛に嗤う俺の姿に、師匠も俺の本性がわかったのだろう。
やれやれと首を振ると、大きく息を吐き出した。
「はあ~、どうやらお前には無用の心配だったようだな」
「いえいえ、師匠の優しい心配りに、弟子は感激しておりますよ」
「はっ、どうだか! それより必要ねえならさっさと進めるぞ。元となる呪文は、『聖なる力、穢れなき白光よ! ここに新たなる癒しの奇跡を示せ! 癒光』だ! やってみろ!」
教えてもらった呪文を頭で暗唱しつつ、先程師匠が癒光を発動させた様子を想起する。
魔力を発したのは片手のみ。
その魔力が呪文の終了と同時に純白の癒しの光に変わるのだ。
うん、今度は大丈夫。
意を決すると呪文を唱えた。
「聖なる力、穢れなき白光よ! ここに新たなる癒しの奇跡を示せ! 癒光!」
あっけいない程簡単に、俺の右手から白い癒し光が放たれた!
これが魔法! これが魔法なんだ!
気の発現の時もそうだったが、感動と興奮が収まらない!
「いやー、これが魔法ですか。楽しいですね!」
「見本を見せられても、一発で成功する奴は少ないんだがな。まっ、いいか。簡易詠唱の方も試してみろ」
「はい! リ・デ・ステルト、癒光!」
今度も成功!
先程は何度唱えても魔法が発動しなかったのに、元となる詠唱魔法を成功させたら、驚くほど簡単に発現した。
ただし、魔法の力は簡易詠唱を使わない方が若干強い気がする。
「これもあっさり成功か……。それとお前が今疑問に思っている通り、圧縮言語を使うと魔法の威力が落ちる。といっても、簡易詠唱法のスキルを上げていけば、元の詠唱魔法に近づいていくから、ひたすら修行する事だな」
「ははっ、修行は大好きなので、望む所ですよ! ところで、魔法自体の威力を上げるにはどうしたらいいのでしょうか? それと無詠唱はどうやるのですか?」
「威力を増すには、詠唱魔法のスキルや対象となる魔法のスキルを上げていけばいい」
そういえばマリー師範代に教えられたが、既に習得してあるゼーニック流剣術でも、冒険者カードで詳細なスキルを見たいと念じれば、例えば落命(唐竹割り)、清流(受け流し)等々と、覚えた技とそのスキルLVを確認する事ができたんだった。
それに当てはめれば、詠唱魔法のスキルが全体的な魔法の威力の増大、癒光のスキルがその魔法単体の威力の向上、簡易詠唱魔法のスキルなら元の魔法に近づくと共に魔法の発現速度を速める……、っという事ではないだろうか。
「そして、無詠唱魔法については、圧縮言語を頭の中で唱えて魔法を発現できるようになれば成功だ。最終的には魔法の名前だけを頭の中で唱えて、魔法を使えるようになるぞ」
「なるほど……」
ようは言葉に出すのではなく頭の中で諳んじろ、っということか。
魔法を理解し暗唱できるようになれば、無詠唱も使えるというわけだな。
試しに頭の中で圧縮言語を唱えてみる。
……駄目か!
いや、1回でできないからといって、それがどうしたというのだ!
できるまで修行すればいいだけじゃないか!!
詠唱し、詠唱し、詠唱する……。
何度も繰り返し、頭の中で圧縮言語が意識せずとも自然と浮かぶようになった時、俺の手から白光が放たれていた。
「あっ、できました!」
「……はいはい、すごいすごい」
「ひどいっ! 師匠! さすがにその対応は、おざなり過ぎやしませんか!」
「お前相手に一々驚いて褒めてちゃ、やってられないからな。まっ、恨むんならお前自身の特異さを! 異常な程の才を悔やむんだなっ!」
「ええ~!?」
あんまりな態度に一瞬やる気が削がれたが、思いとどまる。
まあ確かに、師がどんな態度であれ、俺が教えられたものを身に着けていく速度はそう変わらないだろうな……。
「しっかし、お前は劇毒だな~。見掛けは裕福な商人って感じなのに、常識はずれの才を持ち、おまけに中身は餓えた獣じゃねえか! これじゃ、下手に他の弟子と一緒に教えらんねえわ」
「いっ、いえいえ。私も誰彼構わずに喧嘩を売る様な狂犬じゃありません。弁えるべき所は弁えますよ」
「でも、相手が喧嘩を売ってきたら絶対買うんだろ?」
「それは時と場合によりますが、買っていいなら買いますよ?」
「そうして、気兼ねなく敗北者を量産するわけだ。うん、無理! 喜べ、お前は今後しばらく、俺との個人授業だ」
師匠の非常な決定は、俺にぼっち生活を送れだった。
俺としては修行仲間と切磋琢磨するのも嫌いじゃないんだが……。
一縷の望みを掛けて抵抗してみる。
「私もこの世界に来たばかりで知己が少ないのですし、友人知人は増やしたいのですが……」
「いやいや、普通の奴ならお前の一緒に修行させられれば、絶対に折れるわ! それに冒険者なんて、いってみればエゴの塊だぞ? 意味なく喧嘩を売って、お前に叩き潰される未来が目に浮かぶぜ。それに、この都市は市民や奴隷ばかりだが、周辺諸国から貴族だけでなく、時には王族さえもやってきて冒険者になるんだぞ! そいつらなんて、絶対お前と合わないだろ?」
「まっ、まあ、会ってみないとわかりませんが、合わない方の方が多いかもしれませんね」
「まあ、中にはお前と相性の良い奴もいるかもしれんが、それ以前に道場で騒動を起こしてもらっちゃ困るんだよ!」
トラブルの元は未然に防ぐ。
危機管理の点からいったら当然の処置だ。
この世界での友人が欲しかったが、道場での出会いはあまり期待しない方がよさそうだ。
「理解したようだな。わかったなら、ちゃっちゃと修行に戻るぞ! 今日は回復魔法だけじゃなく、状態異常回復や耐性魔法も覚えたいんだろ?」
「ええ、早く覚えたいですね」
「お前なら手本を見せりゃすぐだからな。どうせなら全部無詠唱できるようになっちまえ」
「その方が戦闘も楽になるでしょうし、早めに習得したい所ですね」
「おうおう、言うね~。まっ、お前なら大言壮語でもなんでもない、実行可能な目標程度だからな。よし、俺について来い!」
「よろしくお願いします!!」
師匠がこちらを理解してくれたおかげで、効率良く修行ができる。
その日は回復魔法だけでなく、一部の攻撃魔法も教えてもらったのだった。
NEW SKILL
アレクセイ流詠唱魔法術 LV6
簡易詠唱魔法 LV5
無詠唱魔法 LV3




