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コーヒー
目の前のコーヒーはスローモーションで見えた。車に轢かれる直前、人は走馬灯を見るらしい。目の前に迫る死を回避するために脳がフル回転して過去を洗いざらい思い出して対処しようとするのだ。それときっと原理は同じなのだろう。
僕は彼女が僕に対してぶっかけたコーヒーの水滴一粒一粒が鮮明に見える。なんで。この水滴とこの水滴は確実に僕にかかる。大切な時間を時間をずっと過ごしてきたのに。あっちのカフェのライトに照らされキラキラ光る水滴は見当違いの方向へ向かっている。どうしたら、この後仲を取り繕える?ああ、水滴の後ろに続く黒い塊は全て顔面にかかるな、熱そう。なんで。
こんな思考が延々と浮かんでくる。けれど回避することなど初めから不可能で、顔に僕の大好きな液体はもろにかかった。そのまま彼女が席を立ったのは見えたが、追いかけることもできずに、顔を拭うこともできずにしばらく固まっていた。