彼女と僕の満ち足りた宵に
古すぎる原稿のお蔵出し。
…他の作品から読んでいただくことを勧めます。
明かりは落ちている。
部屋の薄暗がりの中に浮き上がっているのは、白いシーツと、その上に横たわっている彼女の裸身だ。僕が彼女に向かって歩き出すと、何かが顔に当たった。
――?
蠅かなにかの虫だったらしい。まったく野暮な虫だ。
僕はにこやかに、ベッドにうつ伏せに寝ている彼女に近づき「だーれだ?」と言いながら彼女の目を隠してみた。と思いきや、少々力を入れすぎたのか、左中指の腹が彼女の左まぶたに挟まってしまった。指先にほんのすこし、瞳の表面のぬるりとした感触があって、すぐに手を離した。起こしちゃったかなと思ったが、返事がない。
――最近はいつもそうだ。よっちゃん――彼女の名前だ――はなぜか元気がない。いつもこうやって夜は僕より先に寝てしまうし、昼間だって寝室に閉じこもっている。何か理由があるのなら話してくれればいいのに……そう思いながらも、心優しい僕は努めて明るく振る舞っている。
「おいしそうなよっちゃん!たーべちゃうぞ!」
僕はそう言いながら、よっちゃんを抱き起こした。どうやらぐっすり眠っているみたいだ。彼女を揺り起こそうとしてみたが、一向に目覚める気配はない。僕はだんだん馬鹿らしくなってきて、彼女を元の姿勢に戻した。
なんとなく周りを見回す。周囲に豆が落ちていることに気づいた。黒豆のようだ。食べてみると、これがなかなかいける。僕は彼女にも食べさせてあげたくなって、何粒か拾って、眠っている口に放り込んでみた。それでも起きる気配がない。なんてしぶとい。
仕方がないので、彼女の体でもマッサージすることにした。そう、このマッサージは僕の得意技なのだ。好きな女性には美しくあって欲しいと思う気持ちは、古今東西を問わず男の願いだからね。
しかし、今日は少々驚いた。今日に限って彼女、やたらと垢が多いのだ。手を揉めばズルズル、足を揉めばズルズル、まったくもって参った。でも、山のような赤黒い垢に負けずにマッサージしただけはある。彼女の手足は見違えるように真っ白になった。おまけに少しばかりスリムになったみたいだ。
先ほどの黒豆をもう少しつまんで、一人悦に入ったあと、彼女の唇におやすみのキス。
――なんだ、彼女、口の中にいっぱい黒豆ほおばったまま寝てるや。
そして彼女に忠告――
「よっちゃん、ここ二週間、君はご飯も食べないし、お風呂にも入んないじゃないか。そんなことじゃ、今に体がやせ細って真っ黒になっちゃうぞ」
――そう言って笑いながら彼女の頭をこづいたら、目や耳や口、ほかにもたくさん、おなかとかから、黒豆がぴくぴくうねりながら、たくさんたくさん出てきたんだ。
(了)