8:囲い込みとプロポーズ?
「それで、その子はどうして襲ってきたのかしら?」
「腹が減っていたんじゃないのか? ダンジョン内でモエギがダメージを受けないのはわかったいたが……防いでおいた」
ステータスについて、私は事前にカルロに話をしていた。
一緒にダンジョンを作っていく間柄なら、情報を共有していた方が良いと思ったのだ。
私は、カルロに掴まれているウルフに目を移した。
ウルフはカルロを見てハッハッと息をしながら尻尾を振っている。
懐いているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「カルロ、そのウルフとは知り合いなんじゃないの? めちゃくちゃ嬉しそうにしているけど?」
指摘すると、カルロは何かを思い出したように目を見開いた。
「……そういえば数十年前、長い眠りにつく前にウルフの子供を一匹保護したような?」
「たぶん、それよ! このウルフ、カルロを見て嬉しそうにしているわ。あなたの目覚めを待っていたのね。たった一匹だけ残って、ずっと……」
何十年も一人きりで魔王の目覚めを待ち続けるなんて、どれだけ寂しかったことだろう。
そう思うと、私は飛びかかられたことなんてどうでもよくなってしまった。
カルロに掴まれたままのウルフは、満足げに「アオン」と鳴いている。
そんなウルフを見て、私はあることに気がついた。
(この子、一体どうやって数十年間を生き延びたのかしら)
狭い洞窟内で、餌もなく暮らすことは不可能だ。
ここにはなにもないので、外に食べ物を採りに行く必要がある。
「ねえ、カルロ」
「なんだ?」
「この洞窟、どこかに出口があるんじゃないの? じゃないと、このウルフは一人で生活できないわよね?」
「…………」
魔王は黙り込んでしまった。やっぱりだ。
彼は私に教えなかったが、きっとどこかに出口があるのだ!
「なんで黙っていたの? 私が洞窟の外に出たがっていたことは、知っていたわよね?」
「……っ」
狼狽える魔王は、目を泳がせつつ私の質問に答えた。
「……モエギを外に出せば、ここから逃げてしまうだろう?」
「えっ?」
「このダンジョンには何もない。ただのショボい洞窟で、モエギは元人間だ。そのうち嫌になって、ここを出て行くに違いない」
言いながら、魔王は長い睫を伏せてしょんぼりし始める。
なんだ、このギャップは。
(妖艶な魔王が、まるで子犬のようだわ……!)
そんな姿を見たら、それ以上彼を責められなくなってしまう。
なんだかこう、庇護欲が湧いてきてしまうのだ。
(彼はずっと孤独に眠っていたから。だから、またそうなるのが怖いのかもしれない)
魔王だって人間だって関係ない。こんな薄暗い洞窟に取り残されるなんて酷な話だ。
実際にはウルフがいたようだけれど、それでも寂しいものは寂しい。
だから、私は彼に言った。
「私は出て行かないわよ。確かに、ここでの暮らしは不便だし、日の差さない洞窟生活は好きじゃないわ。けれど、出て行っても行く当てがないもの。人里がどこにあるのかも分からないし。よく考えたら、人里に行ったところで、生活していけるかは不明だわ。ここにいれば衣食住はなんとかなるし」
最初は、自分以外の人間を探そうと思っていた。
けれど、この世界の文明がどれくらい進んでいて、人間たちがどんな文化を持っているのか分からない。
冷静になって考えると、身一つでその中に混じるのはリスクが高すぎる。
言葉が通じるかも分からない上、戸籍も何も持たない人間が真っ当な仕事に就けるのかも謎。
こちらの常識も知らないし、「異邦人は駆逐せよ」……みたいな法律があるかもしれない。
なにより、ダンジョンの仕事を投げ出した後、創世神がどう出るかが怖い。
(会ったこともない人間よりも、カルロやチリの方が信用できる。それに、今彼らを放り出したら後が心配だわ……)
食料として、モンスターを狩ってくることは出来るかもしれない。
植えたキノコやマメ、カブやトマトなどで多少は飢えをしのぐことも出来る。
ベッドは私の部屋にあるものを使えるし、風呂やトイレの使い方は今朝教えた。
……だが、心配だ。
なんというか、カルロもチリも生活力がなさそうなのだ。
仲良くなった以上、ここで放り出すのは気が引ける。
面倒見の良いと言われる性格が、こんなところでも発揮されてしまった。
色々考えつつ、私はカルロに向かって必死に訴えかける。
「だから、洞窟の出口を知っても、このダンジョンを出て行ったりしないわ。外の空気は吸いたいけど……」
「なら、外に出る際は同行する」
カルロは蒼い目で私を見つめながら言った。
「……信用されていないのね」
「前のヌシは何度も逃亡を図った。モエギの意見は大事にしたいが、私は不安なんだ」
一度ダンジョンの崩壊を味わった彼は、まだ苦しみを引きずっている。
すぐに忘れろと言っても無理だろう。
だから、小さく息を吸った私はカルロを見つめ返した。
「分かった。信用できるまで、私が外に出るときは付いてきていいわよ」
「感謝する。不自由を強いてしまってすまない」
「大丈夫。もうすでに、かなり不自由な暮らしだから。ここで一つ不自由が増えたって、どうってことないわ」
答えると、カルロは持っていたウルフを地面に置き、今度は私を抱きしめた。
「モエギ……」
「ちょっと!?」
「モエギ、一生あなたを大事にする。だから、一緒に良いダンジョンを作ろう」
「あ、うん。そうね……頑張りましょう」
こんなセリフは……まるでプロポーズのようじゃないか。
流されて、ダンジョンの管理を頑張る宣言までしてしまった。
魔性の笑みで抱きしめてくるなんて、反則だ。
(……本人に、その気がないのは分かっているんだけど)
両頬を叩いて気を取り直した私は、とりあえず洞窟の外を見てみることにする。
真っ赤になっているであろう頬を冷ますためにも、早く地上に出たかった。