7:カブとトマトと茶色の毛玉
「この水、飲めるの?」
「おそらく大丈夫だ。前のヌシも飲んでいた水だから……」
透き通った湖の水に手を浸してみると、恐ろしく冷たい。
「ここは地底湖の一つで、岩から染み出るまで水が濾過されている」
「なるほど」
「前のヌシは、ここにはいないの?」
「あいつは死んだ」
カルロは私から僅かに視線をそらせて呟いた。あまり触れて欲しくない話だったようだ。
そこまで親しい間柄ではない今、内容を深掘りするのは良くないだろう。
彼を連れて部屋の前まで戻った私は、昨日植えられなかった作物を植えるため畑作を実行する。
「さて、今日はカブとトマトね!」
季節を無視しているこの野菜の組み合わせ。
異世界仕様なので、きっと大丈夫なのだろう。
昨日マメを植えた近くに、カブとトマトを植えてみる。
畑作をしていると、私自身のレベルが3に上がった。
■ステータス■P1
<ダンジョン>
ダンジョン:<名称未設定>(レベル1)
ヌシ:モエギ(レベル3)
体力—30/30
気力—60/60
特性—創世神の加護(ダンジョン内・自由カスタマイズ)
装備—
性質—ダメージ無効(ただしダンジョン内に限る)
面積:500平方メートル
拡張—レベル2で可能(+200平方メートル)
地形:荒れた洞窟
<モンスター>
魔王:カルロ(レベル63)
ウルフ:1体
割とサクサクレベルが上がっている気がする。
創世神の加護のおかげか、イージーモードで暮らすことが出来ているようだ。
(そういえば、レベル2を越えているからダンジョンの拡張が出来るみたい)
試しにスマホ画面の「拡張」をタップしてみると、また別メニューが現れた。
<拡張メニュー(洞窟)>
洞窟:レベル2(200平方メートル・体力を10消費する)
選べるのは洞窟のみで、他の地形は表示されない。
(外に出るまで距離があるということかしら)
早く太陽の光を浴びたいと思いつつ、洞窟の拡張を実行する。
「拡張っと……」
項目をタップした瞬間、ゴゴゴと重低音を響かせて洞窟が揺れた。
「きゃあっ!」
体勢を崩した私を、後ろから駆け寄ったカルロが支える。
思いの外しっかりと抱きとめられ、「さすが魔王、力持ち」など、どうでもいいことを考えた。
「大丈夫かモエギ?」
「う、うん。ありがとう。洞窟を拡張したら揺れちゃって……」
モエギを気遣いながら、カルロが洞窟の奥に視線を向ける。
「確かに、ダンジョンがいつもと違う感じがする」
「そんなのまで分かるの? とりあえず、確認してくるわ」
「待て。危険かもしれないから、私も行こう」
近くを確認してみると、洞窟の壁の一部に見たことのない穴が開いていた。
新しく出来た箇所以外は洞窟の整備を行ったので、デコボコ道が平らになり歩きやすい。
松明などはデフォルトで設置されているようだ。ダンジョンの謎である……
カルロに訊いても「そういうものだ」で押し通されてしまった。
細い洞窟の道を整備しながら進んでいくと、すぐに行き止まりになる。
やはり、200平方メートルの拡張程度では、あまり広くならないようだ。
「これは、先が長くなりそうねえ……」
いつになったら青空が見られるのだろうかと頭を悩ませていると、岩陰から何か黒い塊が私をめがけて飛び出してきた。
「ひゃあっ!?」
慌ててそれを避けた私は、地面に尻餅をついてしまう。
「痛たた……」
顔を上げると、カルロが片手で何かを掴んでいた。黒い犬のような生き物だ。
「ウルフだな、まだ若い。私と同じで百歳以下か」
「そうなのね……って、気になったんだけど、魔王の平均寿命って何歳くらいなの?」
「寿命は二千。五百歳で中堅、高位の魔王は千歳程度だ」
「長生きなのね……」
「ヌシの寿命も人間の時とは変わっているぞ? 魔王並に……下手をすればそれ以上、生きるだろう」
「え、そうなの?」
真顔で尋ねると、呆れたような目を向けられる。
「モエギは、本当に何も知らないんだな」
「そうなのよ。別の世界の人間から、いきなりダンジョンのヌシになっちゃったから」
詳しいことはチリに訊けばいいかと思っていた。
私を見つめたカルロは、目元を和らげて口を開く。
「それなら、私に分かる範囲で教えよう」
「本当? ありがとね、カルロ」
礼を言うと、ウルフを掴んだままのカルロはソワソワしつつ目をそらした。
照れているようだ。