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6:朝ご飯とコバルトブルーの湖

 シャワーを浴びて廊下に出ると、魔王の着替えと思われる服が数枚折り重なっていた。

 きっと、カルロが持ってきてくれたのだろう。

 異世界の服に洗濯タグの表示はついていないけれど、とりあえず下着とシャツは洗濯機に放り込み、上着はわけておく。

 タグついていないが、これは絶対に手洗いじゃないとだめなやつだ……!


「そういえば、カルロはお風呂に入るのかな? 入るよね? うん、入るように言おう。美形なのに臭い魔王なんて嫌だもの」


 部屋に入ると、美しい魔王が絨毯の上に寝そべっていた。

 長くて多い睫毛が閉じられ、整った顔が無防備に晒されている。

 狭い部屋の安物の絨毯の上でも、彼は妙に絵になった。


「カルロ、眠る前にお風呂に入ってくれる? バスタブにお湯を溜めてもいいから……」

「……は?」


 顔を上げたカルロはパチパチと目を瞬かせる。


「……え? お風呂よ、入らないの?」

「沐浴は、モエギに会う前に、ダンジョン内の地底湖で済ませて来たが」

「地底湖!? そんなのがあったの」


 洞窟の中に湖があるとは思わなかった。

 驚くモエギを見たカルロが、身を起こして説明を始める。


「ダンジョンの端の方に小さな湖があるんだ。行ってみるか?」

「今日はもう疲れたから明日にする。体力を回復したいから、少し寝るわ」


 パジャマ姿の私は、ベッドまで移動してゴロンと横になった。

 すると、何故か上着を脱いだ魔王も再び私の隣に潜り込む。


「ちょ、ちょっと!? あなた、ここで寝る気なの!?」

「……モエギは、私に床で寝ろというのか?」


 眉根を寄せたカルロが、横になったまま抗議した。


「そうじゃないけど。洞窟の中に、あなたの眠っていたベッドがあるんじゃないの?」

「……こっちがいい。あんなゴツゴツと固い寝台よりこちらの方が落ち着く」

「私が落ち着かないんだけど。端に追いやられて落ちそうだし」


 カルロは成人男性だ。シングルのベッドに二人で並ぶのはキツイ。


「では、こうすればいい」


 最悪、自分が床で寝ようと思っていたところ、カルロが予想外の行動に出た。

 ベッドの真ん中で私を抱きかかえて眠り始めたのだ。


(天然? 天然なの!?)


 間近に迫る毒々しい美貌に唯々圧倒されるばかりで、とてもじゃないが眠れる気がしない。

 ヒヨコのチリはといえば、私のクッションがお気に召したようで、さっさと熟睡しているのだった。



 翌朝目覚めると、何故か私の足が魔王の美顔に乗っていた。


(……いつもの寝相の悪さを発揮してしまった)


 まだカルロは眠っているようだったので、そっと足を退けてなかったことにする。セーフ!


(さて、朝ご飯を作るわよ! と言っても、食材が限られているけど)


 早速身支度を調えた私は、いそいそと豆ご飯作りの準備をする。白米はまだ残っているのだ。

 昨日収穫した岩マメと塩と白米を炊飯器にセット。簡単調理である。

 ついでに、冷蔵庫内にあった調味料……味噌と洞窟キノコを使って味噌汁を作った。

 味見してみたが、洞窟キノコの味はシメジ風で岩マメも予想通り大豆に近い。

 作業をしていると、気配を感じた魔王とヒヨコがモソモソと起き出した。


「もうすぐ朝ご飯が出来るから、顔を洗ってきて」

「……わかった」


 しかし、何故かカルロは部屋の外へ出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待った! どこ行くの〜!?」

「顔を洗いに、湖へ」

「洗面所で洗えるわよ!」


 そういえば、彼は水道の使い方なんて知らないのだった。

 味噌汁の火を止めた私は彼を洗面所へ案内し、使い方や諸々を説明する。


「洗顔石鹸はそれを使って。歯ブラシは……予備のがあるから出してあげる」

「このアイテムは、どうやって使うんだ?」

「…………ええと」


 諸々の使い方を教えるのに、十分以上を要してしまった。

 気を取り直して、朝ご飯だ。

 床の上に昨日も使った丸いちゃぶ台を置き、囲むようにして食事を始める。

 カルロは慣れない豆ご飯や味噌汁にまだ戸惑っていたが、昨日のこともあり手をつけてくれた。


「ん……美味い」


 警戒しつつ、スプーンで食事するカルロ。

 箸を使えるか聞いたところ、やはり馴染みがなかったようだったので、昨日の選択は間違っていなかった。

 モソモソと豆ご飯を頬張りながら、カルロは私の持つ箸の動きを観察している。


「今度のヌシは不思議な人間だな。人間、なんだよな?」

「正真正銘、人間です。この世界の人間と同じかどうかはわからないけど」

「外見上は、同じだ……」

「そうなのね」


 離していると、カルロが少し悩んだ様子で私に質問した。


「こちらの世界の人間に興味があるのか?」

「そうね。まだあなたとチリにしか会っていないから、普通の人間がどうなのかは気になるわ」


 回答がお気に召さなかったのだろうか、カルロがさらに悩み始めている。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもない。ところで、今日は何をするんだ?」

「朝一でステータスの確認をしたら、体力が回復していたの。洞窟整備と畑作を続けるわ。あなたの言っていた湖も気になるから見てみたいわね」

「すぐ近くだから、案内しよう」

「ありがとう。片付けが済んだら出かける準備をするわ」


 いそいそと食器を運んでいると、カルロも同じように動き始めた。


「えっと……? どうしたの?」

「手伝う。これを運べばいいのだろう」

「ありがとう、助かるわ」


 食器を洗い終えたら洗濯機のスイッチを押し、カーディガンを羽織って外に出る。

 あいにく、こちらに転移できたのは部屋だけでベランダはついていない。

 外観はコンクリートの四角い塊だ。


 体力が戻った私は外に出て、整備を実行しながら洞窟を進む。

 ヒヨコのチリは、食事の後に寝だしたので置いてきた。


「ここが湖だ。その奥の岩が寝台で私が眠っていた場所」

「うわぁ、綺麗!」


 そこは、幻想的な空間だった。

 毒々しいコバルトブルーの透き通った湖に、水晶に覆われた地面。

 一番奥に真っ黒な岩で出来た四角い台がある。たしかに、あの寝台で眠るのは固そうだ。


(こんな場所で、カルロはずっと眠っていたのね)


 彼の孤独を思うと、少しだけ胸が痛んだ。


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