35:人間のヌシと禿鷲の魔王
女性を寝かせてカフェに戻ろうとしたところ、私は後ろから声を掛けられた。
か細く消え入りそうな声だ。
振り返ると、意識を失っていた女性が弱々しい動きで身を起こそうとしている。
「起きたの?」
モエギは急いで彼女の傍に寄り、その体を支えた。
「無理しないで」
「うっ……あなたは?」
女性の目には怯えが見られた。安心させるように笑顔を作る。秘技、接客スマイル!
「私はモエギ。ダンジョンのヌシをしているの」
「ヌシ……!?」
ところが、女性は更に怯えてしまった。
「あなたも、モンスターね!? 私をどうする気ですか!?」
どうやら、彼女はモンスター全般を警戒している模様。何か嫌な目に遭わされたのだろうか。
「ヌシだけど、私は人間よ? こっちのエレノアは馬種だけど優しいわ」
「人間……?」
種族を伝えると、少しだけ女性が落ち着いた風に見える。
この世界の「人間」にとって、種族の違いは重要なのかもしれない。
「あなたは、どこから来たの? 名前は?」
優しく問いかけると、女性はおずおずと口を開いた。
「私は、リーリア。見てのとおり人間で……モンスターの元から逃げ出してきました。あの野蛮な、あいつらの元から」
私とエレノアは顔を見合わせた。
リーリアは、ぼろ布と言っていいすり切れた灰色の衣服を纏っていた。
しかも、フィオレは彼女の足にある印を「禿鷲の魔王の刻印」だと言う。
(それも奴隷に付けるとか不穏なことを話していたし)
私はリーリアからこれまでの出来事を聞くことにした。
起きたばかりの彼女に色々聞くのは酷だが、私は第一にこのダンジョンのことを考えなければならない。近くに人間を奴隷にするようなダンジョンがあるのは困る。
それに、クローの情報も何かわかるかもしれない。
「あなたはどこからきたの? 『野蛮なあいつら』というのは?」
「私は、この先の渓谷の奥から逃げてきました。あいつらとは、その渓谷を治めている魔王と彼の腹心たちです」
やはり、私の考えは合っていた。
「禿鷲の魔王ね? あなたは、ヌシなのに酷い扱いを受けていたの?」
「はい。あいつは私を奴隷のように扱いました。あなたも人間なら身に覚えがあるでしょう? ある日いきなり神様が現れて、人間の大陸から無理矢理呼び出され、『魔王と共に働け』と言われる。モンスターと一緒に生活しろだなんて無茶もいいところです!」
リーリアは今までの出来事を口にした。
この世界では、創世神に選ばれたヌシは強制的に魔王の下に転移させられ、ダンジョンを管理していく役目を負うのだという。
人間であっても、問答無用でモンスターの住む大陸へ飛ばされるそうだ。
リーリアは、モンスターの大陸になじめずにいたらしい。しかも、彼女の場合は飛ばされた先が悪かった。
禿鷲の魔王は、人間や弱いモンスターを物扱いする非道な人物だったのだ。
訳のわからないまま奴隷の焼き印を足に押された彼女は、魔王の命令でダンジョン作りをやらされた。
「初めは嫌がったけれど……容赦なく暴力を振るわれ、働かざるをえませんでした」
ところが、先日珍しく魔王に隙が出来たらしい。
なんと、禿鷲の魔王が新たなヌシを見つけて来たというのだ。それで、リーリアの監視の目が緩まり、その隙に逃げてきたとのこと。
「そのヌシって……まさか!」
思い当たることがあった私は、皆のいるカフェへ走った。




