34:人間を拾ってきたよ
その日は、大雨が降っていた。
沼地から連れ帰ったフットラビットたちは、私の作ったウサギ小屋で休んでいる。
岩山を駆け回っていた馬たちも、草原の馬小屋にいるようだ。
ただ、ヴァレリとエレノア&ソーレ親子は、カフェに居座っている。不機嫌顔のカルロや、ソーレに追い回されているチリもいた。
ソーレとチリ以外のメンバーは、椅子に座って寛いでいる。
馬たちは、私の出すカモミールティーが大好きだ。カルロは紅茶派でチリはなんでもいいらしい。
種族によって、好きな食べ物や飲み物にに違いがあるかもしれない。
カウンターでチャイを作った私は、それを飲みながら外の様子を見ていた。
「待て待て〜! ヒヨコ〜!」
「嫌です! 待たないのですっ!!」
子馬のソーレは元気で、チリを追い回しながらカフェの外へ飛び出して行ってしまった。
慌てる私だが、エレノアは「大丈夫よ、火馬種は丈夫だから」と微笑んでいる。
馬族の親は放任主義らしい。
「いや、でも……雨だし」
チャイをカウンターテーブルに置くと、私は店の扉を開けて外へ出ようとした。
しかし、それと同時に水色の物体がカフェに飛び込んで来る。慌ててそれを避けた。
「……えっ!?」
それは非常に見覚えのある人物だった。
様子を見ていたカルロやヴァレリが、ガタリと音を立て椅子から立ち上がる。
彼らは警戒を露わにして水色の人物を睨んだ。
「大蛇の魔王! どうして、お前がここに!? モエギの警報は出ていなかったはずだ……!」
水色の物体は、雨でずぶ濡れの水蛇――フィオレだった。長い髪が雨で服に貼り付いている。
完全にアウェイな状態のフィオレだが、彼はカルロやヴァレリを気にせず、私に向かって微笑んだ。
こちらに対する敵意がないと、エマージェンシーの警報は発動しない。
不便な仕様だが、フィオレがダンジョンを奪おうとしていないことは確実だ。
「やっほー、モエギ!」
「……何しに来たのよ、フィオレ。お酒なら出さないわよ? それから、どうやって結界を抜けてきたの?」
「あの薄い結界? 普通に穴を空けてきたよ?」
ヘラヘラと笑うフィオレは、カフェ全体を見渡して言った。
「今日はモエギの勧誘に来たわけじゃないよ。モエギに聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「うん。うちのヌシ、見なかった?」
「……見ていないけど」
フィオレのダンジョンにいるヌシは、小さな土竜種の少女だ。一度だけ、沼地で話をしたことがある。
外見の割に、妙に落ち着いた少女だった。
フィオレは、金色の瞳を細めながら首をひねる。
「モエギに興味を持っていたから、てっきりここかと思ったんだけど……違ったみたいだね」
「何かあったの?」
尋ねると、フィオレが私の手を引きカウンター席に座った。
向かい合って座ると、カルロとヴァレリから鋭い視線が飛んで来る。
「ここ何日か、行方不明なんだよね。思い当たる場所は全部探したけど、彼女が無断で数日空けることなんてなかったから心配で」
「そうなのね。私と会ったときは沼地にいたわよ」
「沼地も草原も川も探したよ。ということは、峡谷方面かなぁ……あっちは面倒なんだよね。別の魔王のテリトリーだから」
ブツブツ言いながら、フィオレはカウンターに置いている酒のボトルを見つめていた。
「あなた以外にも魔王がいるの?」
「いるよ。峡谷に住むのは鷲種たちで、禿鷲の魔王がダンジョンを治めているはず。ちなみに、そこのヌシも人間なんだってさ。クローが言ってた」
「あの子、色々な場所に出入りしているの?」
「好奇心旺盛だからね。危ないから止めるよう頼んでいるのに聞きやしない」
飄々としているものの、フィオレは本当に困っている風だった。
私も、あの幼い少女のことが心配だ。
(モンスターの中には、ゴブリンのように凶暴な性質のものもいるし)
そわそわしていると、外に出ていたソーレとチリが戻ってきた……が、火馬姿のソーレが背中にボロ布の塊を乗せている。なんだ、アレは?
「モエギ様! ダンジョン内に落とし物なのです! 拾ったのです! もらいましょう!」
チリがやけに興奮している。ソーレにずっと追いかけられていたからというわけではなさそうだ。
ソーレはカフェ内に入ると床にボロ布を落とす。
ドサリと転がったそれは、薄汚れた女の人だった。
「……!? ちょっと、この人、どうしたの!?」
驚く私に向かって、人型に戻ったソーレが言った。
「北西の方向に落ちていたんだ。死にかけだったから拾ってきたよ。人間だし、モエギの知り合いかと思って」
「人間? この人、モンスターじゃなくて人間なの?」
キョロキョロと周囲を見回すと、カルロやヴァレリも頷いていた。
彼女は本当に人間らしい。
私にはわからないが、モンスターには区別がつくようだ。
「どうして、人間がこんな場所に……?」
とりあえず、店の奥からタオルを持ってきて濡れた女性にかける。
着替えさせ、どこかに寝かせなくてはならない。
「ねえ、モエギ……」
バタバタと動く私に、フィオレが声を掛けた。
「どうしたの……って!? フィオレ!? 何しているの!?」
あろうことかフィオレは、女性の服をめくり足首を眺めている。セクハラだ。
やめさせようと走り寄った私に、彼は告げた。
「思った通りだ。この人間、禿鷲の魔王のところの奴だよ」
「えっ……?」
「足の刻印。羽の生えた鍵の絵だ……禿鷲の魔王は奴隷にこの刻印を施す」
「奴隷!? そんな制度があるの!? 詳しく聞かせてくれる? 私はこの女性を寝かせてくるから」
私はカルロとヴァレリにフィオレの監視を頼み、衰弱している女性をカフェのスタッフルームへ運び込む。ここには仮眠用のソファーや毛布が置かれているのだ。
同性ということで、エレノアが女性の世話を手伝ってくれた。
濡れた女性の服を脱がせ、体を拭いて私の寝間着を着せる。
女性は私より背が高いが、ワンピースタイプの寝間着にしたのでギリギリ着せることが出来た。
(それにしても、この人はどうして私のダンジョンで倒れていたの? 禿鷲の魔王のところの人なのに。それに、奴隷って?)
これは、厄介ごとの匂いがする……




