33:再び勧誘をしてみよう
その日、私は一人で沼地に来ていた。沼地方面へとダンジョンを拡張していたのである。
東が平原、南が沼地、北が峡谷、西は砂地と川だ。
ここまで少し距離があったので、召喚した駐車場に停めてあった軽トラを使った。鍵がなくても動くし、ガソリンも減らない便利な車は、整地した岩山をすいすいと走り目的地へ着く。
私には、沼地でやりたいことがあった。
(リベンジ、勧誘……)
沼地は水蛇のダンジョンと近く警戒は怠れないが、あの蛇は沼地だろうが川だろうが勝手に現れるので、何をしても無駄な気もする。
とりあえず、ダンジョンのモンスターをたくさん勧誘したい。
沼地の隅……すぐにダンジョンに逃げ帰れる位置で、私は勧誘を試みた。ポケットにはチリもいる。
カルロは馬たちと話し合いをしているので不在だ。今度のことを考えると、色々と取り決めが必要らしい。
私の仕事はダンジョンの運営。モンスターの統率はカルロの仕事である。
その間はすることもないので畑を増やしたり、拡張や整備をしたり、結界を強化していた。
そして、今はここにいる。私は真面目なヌシなのだ。
目の前をフットラビットが横切ったので、スマホを向けて勧誘の文字をタップする。
以前は失敗したのだが、今回はスマホ画面に「成功」の文字が出た。上手くいったようだ。
フットラビットが私の足下に駆け寄ってくる。もふもふした白い毛につぶらな赤い瞳。足が大きいところ以外は普通のウサギで、とっても可愛い。
私は近くにいたフットラビット全部に勧誘をかけ、仲間にした。フットラビットたちは自分のダンジョンがわかっているようで、ピョンピョンとダンジョン内へ向かう。
もふもふに癒やされたひとときだった。
沼地に残っているモンスターは、スライムや蛇だけとなった。
スライムは少しグロテスクな見た目だし、蛇は誰かさんを彷彿とさせるので勧誘を止めておく。
(さて、そろそろ帰るか)
ダンジョンも、だいぶ大きくなってきた。
再び車に乗り込もうとした私だが、背後に気配を感じて立ち止まる。
振り返ると、泥まみれの少女が立っていた。
「……誰?」
私よりも年下に見える少女を危険な沼地に放置できない。慌てて彼女に駆け寄った。
「……そなた、新しいダンジョンのヌシだな?」
思ったよりも落ち着いた声音で少女が喋る。黒くつぶらな瞳に茶色の髪の彼女は、汚れを気にする様子もなく私に近づく。
「ダンジョンのことを知っているの?」
「ああ、同業者の話はアイツに聞いていたからな」
「へ……?」
首を傾げる私の腕を取った少女は、ニィと笑って口を開けた。鋭い歯が並んでいる。
(人間じゃない……?)
私の腕を掴んでいる爪は恐ろしく長く、鋭いカーブを描いている。
「あなた、なんのモンスターなの?」
「見てわからぬか? 土竜種だ」
「土竜……モグラ!?」
言われてみれば、モグラを彷彿とさせる外見だ。この世界では、馬でも蛇でも人型を取る。
「珍しい気配を感じてな、地面の中を移動してきた」
「それで、泥だらけなのね」
「アイツの言っていたとおり、まだひよっこのヌシだな」
私は黙って少女を見た。「アイツ」に「同業者」という単語。
そこから導き出せる結論は……
「もしかして、水蛇のダンジョンのヌシ……?」
尋ねると、少女は笑みを深めた。
「ご名答。会えて嬉しいぞ、岩山のダンジョンのヌシ」
そんなダンジョン名じゃないけれど、私は普通に頷く。
水蛇のダンジョンと同じ基準だと、うちのダンジョンは淫魔のダンジョンという名前になってしまう。それでは、あまりにもカルロが可哀想だ。
今だって、一生懸命自分の種族を隠しているというのに。
「今日は、そなたを見に来ただけだ。私は、クローという。また会おう、ひよっこヌシ」
「ええ。私はモエギというの」
「そうか。またな、モエギ」
マイペースなヌシは、ずぶずぶと泥の中に潜っていった。
初めて自分以外のヌシに会った私は、ドキドキしながら軽トラに戻る。
地面を跳びはねているウサギたちを全員荷台に載せ、洞窟へ向かって出発した。




