32:そんな仕様は聞いていません!
少し重い足取りで、私は魔王の部屋の扉を叩く。
そろそろ彼も落ち着いたかも知れないという希望的観測を胸に、私は入口で待機した。
魔王の部屋は私とカルロが二人で使っているので、本当は入ってもいいのだけれど、なんとなく気が引けたのだ。
やや間を置いて、ゆっくりと内側から扉が開いた。
「モエギ……?」
大理石風の床の上で、カルロが戸惑いがちに私を見ている。
まだ元気がなさそうだけれど、布団からは出ていたようだった。豪奢な寝台は綺麗に整えられている。
「カルロ、ちょっと話があるんだけど」
キョトンとした顔でこちらを向く魔王は、なんだか幼く見える。妖艶な姿と不安に揺れる瞳がちぐはぐだ。
「あのね、カルロ。その……草原にいた馬種の皆をダンジョンに迎え入れたの」
完全に事後報告だった。無断で動いたことにカルロは気を悪くするかもしれない。
「は……? あいつらを!?」
予想通り、カルロは眉根を寄せて難しい表情をしている。
「ダンジョンに所属している方が馬種たちは安心するんだって。カルロや私を害する気はなさそうだったから、受け入れちゃったの。ヴァレリたちの住居も草原に作ったよ」
話していると、チリが部屋に乱入してきた。
「モエギ様のスキル『勧誘』をタップしましたので、簡単にこのダンジョンを裏切ることは出来ないと思いますよ」
「その『勧誘』は、他のモンスターをダンジョンの所属にするというものだよな」
「はい、そうです。強制的にダンジョンに帰属させます。もし、モエギ様に無断で裏切るようなことがあれば……」
「あれば?」
「恐ろしいペナルティーが降りかかるでしょう……と、創世神様が言っておられました」
チリの言葉に、私は飛び上がった。そんな話は聞いていない。
「えっ、えええええーっ! 私、そんな話はヴァレリたちにしていないわよ!?」
「裏切らなければ大丈夫なのです。それに、ダンジョンを離れたい場合は、モエギ様を通して『勧誘』を解除してもらえば良いだけですから〜」
なんともお気楽に言ってくれるヒヨコだ。そして、『勧誘』が解除できる仕様だと、今初めて知った。
私を騙す気はないだろうが、チリは聞かれなければ答えないという節がある。
他にも知らない仕様が隠れていそうだ。
「チリ、他に私の知らない仕様があるなら教えてくれる?」
「ワカリマセン、オモイダセマセン……」
「また、スマホの自動音声みたいになった」
都合が悪くなると、チリはスマホの真似に走るらしい。
創世神が絡んでいるとすれば、答えてはもらえなさそうだ。チリはどこまでも、大きなヒヨコに忠実である。
「まあ、下克上される心配はないのね?」
「そういうことです。モエギ様」
それを聞いたカルロだが、苦い顔のままだ。
「カルロ、勝手に判断してごめんなさい。でも、ダンジョンの仲間が増えるのはいいことだと思ったのよ。水蛇のダンジョンの件もあるし……」
フィオレは私を勧誘したがっている上に、このダンジョンを支配下に置くことも考えていそうだ。
「モエギは……あの雄馬を気に入っているのか?」
「ヴァレリのこと? 前より仲良くなったと思うけど」
「そ、そうなのか……」
カルロは、何かを思い悩んでいるように見えた。
「引き続き、私はレベルアップと結界の強化を頑張るわ。そういえば、馬たちを仲間にしたら、一気にダンジョンのレベルが上がったの。ダンジョンレベルがレベル20になったし、私個人のレベルは50まで上がって……」
「モエギのスキルは一体……」
カルロは、茫然自失といった様子で天を仰いだ。




