27:ウワバミを撃退せよ
半ば強引に迫られた私は、人型姿の水蛇魔王をカフェスペースに案内する。
ニョロニョロと湧き出す小さな蛇たちにはお帰りいただいた。
フィオレは興味深そうにダンジョン内を観察している。
ヒヨコと蛇は相性が悪いようで、チリはポケットで震えていて、出てくる気配はなかった。
「面白い建物だね。設備も人間の王族の持ち物のように綺麗だ」
この世界の王族の持ち物がどれほど豪華なのかは分からないが、ここは現代日本のカフェなので、キッチンも客席も綺麗な設備である。
ちょうど昼時なので、お腹が減ってきた。自分が食事するついでに、フィオレにも聞いてみる。
「そろそろお昼だし、私は食事をしたいんだけど……あなたも何か食べる?」
聞くと、フィオレは金色の瞳で私のポケットをじっと眺めた。
「……食べるのは、チリ以外でお願いね」
「モエギは美味しくなさそうだから、食べたくない」
「……そういう物騒な嗜好を聞いているのではなく」
何故カニバリズム的な話題になっているのか。やっぱり大蛇は物騒な生き物である。
「とはいっても、ここには何があるのかな?」
「普通の野菜と……あとは、コーヒーや紅茶ね」
「野菜は、あまり食べないんだ。昨日、巨大な火蜥蜴種を丸呑みにしたから、しばらくは満腹状態かなぁ。お気遣いなく」
「そ、そう。じゃあ、口に合うか分からないけれど、飲み物だけ用意するわね」
「人間の飲み物かぁ……最後に口にしたのは百年前くらいだ」
水蛇の魔王は何故か嬉しそうだった。
カウンターで作業をしていると、フィオレが寄ってきて私の手元を見ている。
今は彼に出す飲み物の用意をしようと、カップを取り出しているところだ。
「ええと……何かリクエストはある?」
カフェなので、飲み物の種類は豊富だ。コーヒー、紅茶、ジュース、ハーブティー、少しだけだがお酒も揃っている。
フィオレの視線は、酒に注がれていた。
「昼間から呑むの?」
「……? 人間は、昼に酒を呑まないの?」
「どうなのかしら。呑む人もいると思うけど、私の出身地では、そうじゃない人の方が多いかも」
フィオレは私をこの世界の人間だと思っているのだろうが、この世界の普通の人々の暮らしを私は知らない。こちら側の人間に会ったことすらないのだから。
「じゃあ、このお酒をもらおうかな」
「……ウォッカね。ええと、氷を入れるか、何かで割る?」
「薄めてどうするの?」
ここでは、ロックにしたり、炭酸やジュースで割ったりする習慣はないのかもしれない。
「でも、これ、かなり度数が高いお酒で……ストレートは厳しいかもしれないわよ?」
聞く耳を待たないフィオレは瓶を手に持つと、スタスタとテーブルの方に歩いて行く。
そうして座って栓を開け、ウォッカをラッパ飲みし始めた。
上品な見た目とはちぐはぐなワイルドさである。
「ちょっと、待っ……」
グビグビと、まるで水でも飲み干しているような早さで彼は瓶を空にした。
一瞬のうちに、ウォッカは彼の胃の中だ。
テーブルの上に空瓶を置いたフィオレは、満足そうに目を閉じて言った。
「美味しかった。こんなにいいお酒を口にしたのは何百年ぶりだろう」
「大丈夫なの? 一気飲みなんかして、気分は悪くない?」
「うん、平気。人間と違って、僕らはこのくらいで倒れたりしないよ。お酒、まだある?」
「ウォッカ以外なら、あるけど……」
いそいそとキッチンへ向かった私は、ジンやラムなど数本のお酒をテーブルに置いた。
フィオレは全く酔った様子を見せず、次々に瓶を空ける。
「ウワバミ……」
テキーラを空にしたところで、彼は店の奥へと目をやった。
「あっちは?」
「そこから先は案内できないわ。秘密なの」
「なるほど、中枢があるわけだね。ねえ、モエギ。本当に水蛇のダンジョンに来ない? 待遇は保証するよ? モエギの能力は貴重だ」
「悪いけど、私はここをもっと大きくしたいのよ。余所へ移る気はないわ」
「ふぅん? でも、気が変わったらいつでも言ってよ。そうだ、今度うちのヌシに会ってみる? モエギは、自分以外のヌシに会ったことがないでしょう?」
「ええ、そうだけど……」
確かに、他のヌシというのは興味がある。
「じゃあ、会わせてあげるね」
「ありがとう。あの、フィオレはいつから魔王になったの?」
「三十年ほど前かな。荒れ地にあった、土竜族のダンジョンを奪ったんだよ。知っていると思うけど、魔王には二タイプいて、僕は先に選ばれて魔王になったわけじゃなくて、あとから成り上がった方の魔王。うちのヌシは、もともと土竜族に仕えていたんだ」
「そうなのね……」
そのヌシは魔王が交代しても、なんとも思わなかったのだろうか。
それとも複雑な思いを抱えながら、別の魔王のためにダンジョンを発展させているのだろうか。
「モエギ、今度は水蛇のダンジョンにある城へ案内するよ」
「気持ちは嬉しいわ。でも、余所のダンジョンへお邪魔するのはまだ怖いし、カルロも反対すると思うの」
「別に、取って食ったりしないのになあ」
ちょっと不満そうだが、フィオレはあっさり諦めたよう……に見せかけて強引な手段に出た。
「ねえ。やっぱり行こうよ〜」
「だから、行かないってば!」
人型の姿とは思えないほどの力で、フィオレが私の腕を引く。
「楽しいよ?」
「そういう問題じゃなくて!」
言い合っている間にも私の体は引きずられ、カフェの出口へ近づいていく。
このままでは本気で拉致されると焦った私は、ひとまず彼をカフェから追い出すことにした。
全身に力を入れて踏ん張り、私はフィオレを外に押し出す。
建物の外に出た彼は蛇の姿になり、とぐろを巻き始めた。
「とにかく、私はダンジョンの外には出ないからね! 今日は帰って!」
こうなったらヤケだ! 力業で出て行ってもらうしかない。
「えいっ!」
私は思いきり両手を前に押し出した。ドンという音と共に張り手が蛇の脇腹あたりに決まり、確かな手応えを感じる。もう一息だ。
今度は下からすくい上げるように突き飛ばしてみた。
「……っ!?」
フィオレの目が驚きを浮かべて私を見る。おそらく、弱いダンジョンのヌシだと侮っていたのだろう……実際その通りだが。
しかし、すでに時は遅く……巨大な蛇は張り手の勢いに抗えずに、岩山の向こうへ吹き飛ばされたのだった。
フィオレの姿が見えなくなり、私はホッと息を吐き出す。
「……助かったぁ」
とにかく、勝手に連れて行かれることがなくて一安心だ。
ダンジョンの外に攫われたら、自力で戻って来られない可能性が高い。カルロに迷惑を掛けてしまう。
「あの蛇……また、来るかもしれないわね。早くダンジョンのレベルを上げなきゃ」
さっさと酒瓶を片付けた私は、洞窟に戻って魔王城の拡張工事に精を出すのだった。




