表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/44

27:ウワバミを撃退せよ

 半ば強引に迫られた私は、人型姿の水蛇魔王をカフェスペースに案内する。

 ニョロニョロと湧き出す小さな蛇たちにはお帰りいただいた。


 フィオレは興味深そうにダンジョン内を観察している。

 ヒヨコと蛇は相性が悪いようで、チリはポケットで震えていて、出てくる気配はなかった。


「面白い建物だね。設備も人間の王族の持ち物のように綺麗だ」


 この世界の王族の持ち物がどれほど豪華なのかは分からないが、ここは現代日本のカフェなので、キッチンも客席も綺麗な設備である。

 ちょうど昼時なので、お腹が減ってきた。自分が食事するついでに、フィオレにも聞いてみる。


「そろそろお昼だし、私は食事をしたいんだけど……あなたも何か食べる?」


 聞くと、フィオレは金色の瞳で私のポケットをじっと眺めた。


「……食べるのは、チリ以外でお願いね」

「モエギは美味しくなさそうだから、食べたくない」

「……そういう物騒な嗜好を聞いているのではなく」 


 何故カニバリズム的な話題になっているのか。やっぱり大蛇は物騒な生き物である。


「とはいっても、ここには何があるのかな?」

「普通の野菜と……あとは、コーヒーや紅茶ね」

「野菜は、あまり食べないんだ。昨日、巨大な火蜥蜴種を丸呑みにしたから、しばらくは満腹状態かなぁ。お気遣いなく」

「そ、そう。じゃあ、口に合うか分からないけれど、飲み物だけ用意するわね」

「人間の飲み物かぁ……最後に口にしたのは百年前くらいだ」


 水蛇の魔王は何故か嬉しそうだった。

 カウンターで作業をしていると、フィオレが寄ってきて私の手元を見ている。

 今は彼に出す飲み物の用意をしようと、カップを取り出しているところだ。


「ええと……何かリクエストはある?」


 カフェなので、飲み物の種類は豊富だ。コーヒー、紅茶、ジュース、ハーブティー、少しだけだがお酒も揃っている。

 フィオレの視線は、酒に注がれていた。


「昼間から呑むの?」

「……? 人間は、昼に酒を呑まないの?」

「どうなのかしら。呑む人もいると思うけど、私の出身地では、そうじゃない人の方が多いかも」


 フィオレは私をこの世界の人間だと思っているのだろうが、この世界の普通の人々の暮らしを私は知らない。こちら側の人間に会ったことすらないのだから。


「じゃあ、このお酒をもらおうかな」

「……ウォッカね。ええと、氷を入れるか、何かで割る?」

「薄めてどうするの?」


 ここでは、ロックにしたり、炭酸やジュースで割ったりする習慣はないのかもしれない。


「でも、これ、かなり度数が高いお酒で……ストレートは厳しいかもしれないわよ?」


 聞く耳を待たないフィオレは瓶を手に持つと、スタスタとテーブルの方に歩いて行く。

 そうして座って栓を開け、ウォッカをラッパ飲みし始めた。

 上品な見た目とはちぐはぐなワイルドさである。


「ちょっと、待っ……」


 グビグビと、まるで水でも飲み干しているような早さで彼は瓶を空にした。

 一瞬のうちに、ウォッカは彼の胃の中だ。

 テーブルの上に空瓶を置いたフィオレは、満足そうに目を閉じて言った。


「美味しかった。こんなにいいお酒を口にしたのは何百年ぶりだろう」

「大丈夫なの? 一気飲みなんかして、気分は悪くない?」

「うん、平気。人間と違って、僕らはこのくらいで倒れたりしないよ。お酒、まだある?」

「ウォッカ以外なら、あるけど……」


 いそいそとキッチンへ向かった私は、ジンやラムなど数本のお酒をテーブルに置いた。

 フィオレは全く酔った様子を見せず、次々に瓶を空ける。


「ウワバミ……」


 テキーラを空にしたところで、彼は店の奥へと目をやった。


「あっちは?」

「そこから先は案内できないわ。秘密なの」

「なるほど、中枢があるわけだね。ねえ、モエギ。本当に水蛇のダンジョンに来ない? 待遇は保証するよ? モエギの能力は貴重だ」

「悪いけど、私はここをもっと大きくしたいのよ。余所へ移る気はないわ」

「ふぅん? でも、気が変わったらいつでも言ってよ。そうだ、今度うちのヌシに会ってみる? モエギは、自分以外のヌシに会ったことがないでしょう?」

「ええ、そうだけど……」


 確かに、他のヌシというのは興味がある。


「じゃあ、会わせてあげるね」

「ありがとう。あの、フィオレはいつから魔王になったの?」

「三十年ほど前かな。荒れ地にあった、土竜族のダンジョンを奪ったんだよ。知っていると思うけど、魔王には二タイプいて、僕は先に選ばれて魔王になったわけじゃなくて、あとから成り上がった方の魔王。うちのヌシは、もともと土竜族に仕えていたんだ」

「そうなのね……」


 そのヌシは魔王が交代しても、なんとも思わなかったのだろうか。

 それとも複雑な思いを抱えながら、別の魔王のためにダンジョンを発展させているのだろうか。


「モエギ、今度は水蛇のダンジョンにある城へ案内するよ」

「気持ちは嬉しいわ。でも、余所のダンジョンへお邪魔するのはまだ怖いし、カルロも反対すると思うの」

「別に、取って食ったりしないのになあ」


 ちょっと不満そうだが、フィオレはあっさり諦めたよう……に見せかけて強引な手段に出た。


「ねえ。やっぱり行こうよ〜」

「だから、行かないってば!」


 人型の姿とは思えないほどの力で、フィオレが私の腕を引く。


「楽しいよ?」

「そういう問題じゃなくて!」


 言い合っている間にも私の体は引きずられ、カフェの出口へ近づいていく。

 このままでは本気で拉致されると焦った私は、ひとまず彼をカフェから追い出すことにした。

 全身に力を入れて踏ん張り、私はフィオレを外に押し出す。

 建物の外に出た彼は蛇の姿になり、とぐろを巻き始めた。


「とにかく、私はダンジョンの外には出ないからね! 今日は帰って!」


 こうなったらヤケだ! 力業で出て行ってもらうしかない。


「えいっ!」


 私は思いきり両手を前に押し出した。ドンという音と共に張り手が蛇の脇腹あたりに決まり、確かな手応えを感じる。もう一息だ。

 今度は下からすくい上げるように突き飛ばしてみた。


「……っ!?」


 フィオレの目が驚きを浮かべて私を見る。おそらく、弱いダンジョンのヌシだと侮っていたのだろう……実際その通りだが。

 しかし、すでに時は遅く……巨大な蛇は張り手の勢いに抗えずに、岩山の向こうへ吹き飛ばされたのだった。

 フィオレの姿が見えなくなり、私はホッと息を吐き出す。


「……助かったぁ」


 とにかく、勝手に連れて行かれることがなくて一安心だ。

 ダンジョンの外に攫われたら、自力で戻って来られない可能性が高い。カルロに迷惑を掛けてしまう。


「あの蛇……また、来るかもしれないわね。早くダンジョンのレベルを上げなきゃ」


 さっさと酒瓶を片付けた私は、洞窟に戻って魔王城の拡張工事に精を出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ