25:ゴブリン退治に出かけてみたら(魔王視点)
見渡す限り広がる草原で、カルロは馬たちとゴブリン退治の準備をしていた。
しばらく進むと、ところどころに灌木が茂り、徐々に木々が増えて景色が緑色に移り変わっていく。ここが、ゴブリンの住み処となっているようだ。
しっとりと湿った地面には、時々歪な五本指の小さな足跡が見受けられた。
「いるな……」
先頭を歩くヴァレリが、小声でそう言って足を止める。今の彼は、馬の姿で浮遊していた。
足音を立てないために、足跡を残さないために、宙に浮ける天馬やカルロが中心となって森に分け入っているのだ。火馬たちは、森の入口で待機。号令が掛かれば突入する手はずになっている。
感覚を研ぎ澄まさなくても、そこには複数のゴブリンの気配があった。
「こちらには気付いていないようだ。迂回して巣を叩くぞ」
ヴァレリの指示に他の馬たちが従う。大勢の部下を持つヴァレリを羨ましく思いつつカルロも後に続いた。今回は馬種側の要望に応じているので、細かな計画はヴァレリたちに任せてある。
かつて、カルロにもたくさん……とは行かないまでも部下たちがいた。ダンジョンが荒れて弱体化するにつれ、一人また一人と去って行ったが。彼らは今頃どうしているのか想像もつかない。
部下だというだけで、特に親しい間柄ではない。当時のカルロはダンジョンを維持することに全神経を注いでいたし、他に気を回す余裕などなかった。
そのときのことを考えると後悔や自己嫌悪に押しつぶされそうで、いつも苦い気持ちになる。
(だが……今はどうなのだろう)
ダンジョンはレベル2しかないし、部下はウルフだけ。モエギは異世界からきたので、こちら側の常識が一切通用しない。
けれども、不思議と心にはゆとりがあった。ダンジョンは、マイナスからの再出発をしたばかりで、まだまだ課題は山積みだというのに。
「見つけたぞ、巣だ……!」
天馬の一頭が小声で合図を送ると、馬たちが巣を取り囲むように空中を覆った。
ゴブリンたちはまだ敵の存在に気付いておらず、巣の周りは静かだ。
「それじゃあ、行くか」
ヴァレリの合図で、天馬たちが一斉に風の魔法を放つ。
モンスターは魔法を使える者が多く、種類によって使える魔法も異なるのだ。
カルロもそうだが、モンスターの体の中には、魔力という力が巡っている。それは血液と同じように、モンスターにとってなくてはならないものだった。
そして、この世界の大気中には魔素と呼ばれる物質が混じっている。
この魔素と自分の持つ魔力を混じり合わせ、練ることによって、モンスターは魔法を放つことが出来るのだ。
もちろん、魔法の得手不得手はある。馬たちの魔法は、カルロには考えられないくらい大雑把だ。
いくつもの突風が吹き荒れ、蟻種のモンスターが作る塚のような形の巣を破壊した。表面に出ている部分が消し飛び、大きな穴が現れる。これが、ゴブリンの巣の中身である。
ゴブリンの生態は蟻種とよく似ており、穴の中にいくつもの道と部屋があって、そこで集団暮らしをしている。中には子供部屋や食料の貯蔵庫などもあり、清潔ではないが機能的なのだ。
ただ、貯蔵される新たな食糧にと、天馬や火馬が狙われていることが問題だ。
「巣を破壊して、中にいるゴブリンを一匹残らず追い出せ!」
天馬の攻撃で巣を壊されたゴブリンが、慌てて穴から這い出してくる。何匹かは武器である棍棒や剣を手にしていた。中には、弓を持っている者もいる。
(風の魔法で押し切れば、射られることはないと思うが)
しかし、ゴブリンの穴は壊した場所以外にも繋がっていたらしく、余所の穴から脱出したメンバーが加勢に来た。だいぶ減らしたと思ったが、もともとの数が多いので、まだまだ湧いてきそうだ。
ゴブリンたちからは、意地でもこの場所から立ち退かないという信念を感じる。
(さっさと森から出て行けばいいものを……)
カルロは苦々しい思いで、ゴブリンたちを迎え撃つための魔法を準備する。
(早く、モエギに会いたい)
頭の中にあるのは、それだけだった。




