23:子馬はある意味無敵だった
戸惑っていると、カルロやヴァレリが呆気にとられてこちらを見ているのに気がついた。
「えっと、あの……」
自分でも理解できないことが起こっているが、説明役のチリは洞窟の奥に避難していて近くにいない。
残りのゴブリンたちは、私を警戒して子馬から離れている。
他の馬たちまで私の周囲から退いているように見えるのは、気のせいだろうか。
安全になった子馬だけがパカパカと私の方へ近づき、鼻をこすりつけてきた。炎のたてがみを纏っているが、全然熱くない。
(子馬、可愛い……!)
愛らしい仕草にやられた私は、子馬の鼻の先をヨシヨシと撫でてしまう。
すると、子馬はシュルシュルと姿を変えて人型になった。人間でいう六歳くらいの美少年姿だ。
「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」
黒い瞳を輝かせてお礼を言った少年は、勢いよく私に抱きついてくる。
「わっ、ちょっと。あの……」
「ねえ、お姉ちゃんはダンジョンのヌシなんでしょう? 見たところ人間なのに、とても強いね? うちの若様なんてどうかな? 良い魔王になると思うんだけど。そしてあの人、恋人募集中なんだけど……わぷっ!?」
少年がそこまで口にしたところで、赤い塊が飛んでくる。ヴァレリだった。
「何余計なこと言ってんだ、このクソガキ」
口を塞がれている少年は、必死に抵抗して声を上げる。
「わあっ、若様! だって、ここのダンジョンのヌシが結構好みだって言ってたじゃん!」
「お前っ……! そういうのは、ここで口に出しちゃダメだろ!」
ギャアギャアと騒ぐ二人を背に、もう一頭の火馬が歩み寄ってきた。私の傍まで来ると、その馬はスレンダーな女性の姿になった。
「息子を助けていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。お子さんが無事で良かったです」
「それにしても、ずいぶん可愛らしいヌシ様ですね。あんな怪力がどこに眠っているのか不思議なものです」
「いや、怪力というか、なんというか……」
私も自分の力に驚いている。
性質にダメージ無効と書かれていたものの、こんな力があるとは聞いていない。ダメージ無効とは一体……
「敵対する間柄の馬種の子供を助けていただき、感謝します。馬種は義理堅い種族です、このご恩は……」
「あ、いや。そんな大げさなことはいいんです。このダンジョンから、手を引いていただければありがたいのですが。私やカルロは争いを好みません」
「だそうですよ、若様?」
女性に視線を向けられ、ヴァレリは苦い表情になる。
その間にゴブリンの群れは馬たちに蹴散らされ、逃げる体勢に入っていた。不利を悟ったようだ。
「あの、ゴブリンに困っているのなら、協力して追い払う事は出来ると思うの。こちらとしても、ダンジョンにあの攻撃的な集団が入ってくるのは、ちょっと避けたいもの」
「共同戦線を張ると言うことか。確かにコブリンは子馬を襲ったり、食べ物を盗んだり、草原にトラップを仕掛けたり……気にくわない奴らだが」
「カルロは強いから、きっとゴブリン討伐を手助けできると思う。それから、いざという時は、このダンジョン内で戦えない子馬たちを守ってあげられると思う」
結界が出せるようになったら、ゴブリンの侵入を完全に防ぐことが出来る。
ヴァレリ並の強さのモンスターが入ってくると、結界の維持は厳しいのかもしれないが、通常のゴブリン程度ならなんとかなる気がする。ならなくても、ダンジョン内なら私が無敵状態なので撃退することが出来る。
こちらがノーダメージで、相手を吹っ飛ばすことが出来るのだから、ゴブリンは脅威ではなかった。
「その代わり、このダンジョンを攻め落とすのは止めて欲しいのよ」
ヴァレリは難しい顔をしているが、他の馬たちはダンジョンを襲うことに否定的な様子だ。子馬や母馬と共に、ダンジョンを侵略するのは止めようと声を上げている。
(義理堅い種族っていうのは本当みたい)
しばらくして、ヴァレリは「保留」との結論を出した。ゴブリン退治と引き換えに、今すぐダンジョンを攻め落としはしないようだが、諦めてもいないらしい。
(しばらく保留なら、その間にレベルを上げてダンジョンに結界を張れるかも)
カルロには、ゴブリン退治に出向いてもらわなければならないが……今回は、なんとか命拾いした弱小ダンジョンだった。
出向いたカルロがゴブリンや馬たちに襲われる心配もあるが、義理堅い馬たちは私に感謝しているので攻撃的にはならないかもしれない。
そして、彼らは私を警戒してもいる。
得体の知れない力を持つヌシだと認識されたようで、敵に回したくないと思われているのだ。
カルロを害して私を怒らせれば、ダンジョンを手に入れることはかなり難しくなる。
私は、ダンジョン内でなら無敵状態。
そして、馬たちは、ダンジョン外での私がひ弱な人間になってしまうことを知らない。
ゴブリン退治が実行されても、カルロは無事に帰ってくるだろうと思われた。




