17:緊急会議と外出
狭い部屋の中、二人と二匹が小さな円卓を囲み、難しい表情で座っている。
ピリピリした空気を打ち破るように、私は元気よく口を開いた。
「えー。これから、エマージェンシー会議を行います!」
「……なんだ、そのネーミングは」
「ダンジョンの大変な状況を表そうと思って……とにかく、今、ダンジョンがヤバイから、なんとかして守らなきゃならないわ!」
しかし、何を以てダンジョンを守り抜けばいいのかは全く分からない。
私はまず、他のメンバーの話を聞くことにした。ウルフの言葉は魔王が通訳してくれる。
最初に口を開いたのは隣に座っているカルロだ。
「今回の事件、そもそもの原因はダンジョンを守る結界が、あの馬に壊されたことだ。前のヌシが嫌々作ったものだから、もともとガタが来ていたのだろう。弱い結界だったが、昔はダンジョン自体に魅力がなかったため、攻め入られることはなかったんだ」
彼の視線を受けて、私は狼狽えた。
「どうしよう、私……結界なんて作れないわよ? スマホの画面にも『結界メニュー』なんて出てこないもの」
すると、チリが訳知り顔で説明を始める。
「結界は、もっとレベルが上がらないと出来ないんですよねえ。ダンジョンレベルが3以上にならないと」
「そんな無茶な! このダンジョン、まだレベル1よ!? 割と色々やっているけど、一向にレベルが上がらないのよ!?」
ヴァレリが次に来る前に、ダンジョンをレベルアップさせなければならないのに、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「チリ、手っ取り早くレベルを上げる方法はないの?」
「ズルはダメですよ〜! 順当にレベルを上げて下さい」
「そんなぁ!」
「ステータスのレベルの中で、勧誘だけ1ですね? そこを上げると、ダンジョンレベルが2くらいにはなるんじゃないでしょうか?」
「勧誘ね。なら、それで行くわよ!」
「肝心の、勧誘するモンスターがいませんけどね。コラ、そんな目で見てもダメですよ、チリはモンスターじゃないので勧誘できません!」
チリと応酬していると。ガタリと音を立ててカルロが立ち上がった。
続いて立ち上がってみると、彼がまた私をギュッと抱きしめてくる。
(最近、スキンシップが多すぎるような)
綺麗すぎる顔にはまだ慣れないけれど、魔王の人間くささは少し可愛いと思えた。
「モエギは渡さない。私も『勧誘』に協力する」
「ありがとう、カルロ。頼りないヌシだけど、出来ることは全部やるわ。一緒に、このダンジョンを守りましょうね」
「ああ……」
チリが言っていたとおり、ダンジョンが襲撃を受けても私は死なないのかもしれない。
(でも、カルロは? 彼はどうなるの?)
魔王の座を剥奪され、きっとダンジョンには留まれない。相手が悪ければ、大怪我をする恐れもある。彼が戦ったところは見たところがないけれど、風の魔法で籾殻を飛ばしてくれた。
魔法の打ち合いが激しくなれば、きっと危険だ。
(前のヌシが死んで、カルロは長い眠りについていたけれど、決して魔王の座を退かなかったのよね)
彼にとってこのダンジョンは、何にも代えがたいものなのだろう。
私に執着しているのは、おそらく「ヌシ」というダンジョンに欠かせない存在だからだ。
「じゃあ、勧誘を頑張りましょう!」
抱きしめられたまま、私は周囲を奮い立てるように声を上げた。
しかし、ステータスを見る限り……ダンジョン内に勧誘できるモンスターはいない。外出する必要があるのだ。
勧誘をしなければならないが、ダンジョンの外では私は無敵状態ではないらしい。カルロは苦悩している。
「とりあえず、平原方面は馬が出るから危険だ。反対側へ出てみるか」
「うん、そうね。頑張りましょう! ……って、反対側には何があるのかしら?」
「確か、以前は沼地があったな」
「……沼地には、どんなモンスターがいるの?」
「以前はスライム種やフロッグ種が住んでいたはず。ブルーノは、何か知っているか?」
「クゥーン!」
ウルフと短い会話をした後、カルロは私の方を見て言った。
「強い種族はいないが、生態系は以前と変わっていないようだ。ラビット種やスネーク種も住んでいるらしい」
「その中で、一番弱いのは?」
「個体による。どれも、さほど強くないはずだ。心配しなくても、モエギは私が守る」
「ありがとう、カルロ。さっそく、沼地へ向かいましょう」
「モエギは私が抱えていこう、その方が早い。ブルーノ、すぐに戻るから留守は頼んだぞ」
「ウォン!」
ダンジョンをブルーノに任せたカルロは、チリをポケットに入れた私を抱いて大空へと飛び立った。
「カルロ、羽がある!」
「……ああ、普段は出していないが。一応、私は羽を持っている」
「黒くてモフモフだね」
「あ、こら、触るな……うっ、ふぁっ」
カルロが艶めかしい声を上げているが、どうしたのだろう?
ともかく、彼の羽はカラスのような黒くて大きなものだった。しかも翼が六枚もあり、いかにも魔王と言った風格だ。
「モエギ、ちゃんと掴まっていないと落ちるぞ?」
「え、そうなの? 分かったわ、これでいい?」
「もっとだ、もっとしっかり掴まった方がいい……」
「こ、こうかしら?」
ムギュウとカルロに抱きついてみると、彼は満足げに頷いた。
どうやら、しっかり抱きついた方が安全らしい。




