12:忠犬ブル公と優しい魔王(ウルフ視点)
ブルーノが生まれたのは、現在のダンジョンの外――岩山を越えた先にある平原の端だった。
若い両親が掘った穴の中、彼らに大事に守られて育っていた。
しかし、七匹の兄弟のうち、ブルーノは六番目。
茶色の体は小さく、他の兄弟に阻まれて満足にミルクも飲めない。
弟は生まれたときから体が弱く、ブルーノ以上にミルクにありつけない状況だった。
そうして、一ヶ月もしないうちに弟は息を引き取った。
助け合いの精神はなかった。いや、助けたくても出来なかったのだろう。
皆、自分が生きるのに必死だったのだ。
両親だって初めての子育てで……弱いものに掛かりきりで、他の元気な兄弟をないがしろにするような真似はできない。それは、他の元気な子供の生存率まで下げることになってしまうからだ。
弱肉強食が、この自然界の掟である。
ある日、ブルーノは母や兄弟たちと一緒に引っ越しをした。
前の巣穴が他の肉食モンスターにばれる恐れがあったからだ。
ウルフ種は強いが、上には上がいるのである。
けれど、その移動途中で体力が追いつかないブルーノは、草原に置き去りにされてしまった。
誰も戻って来ず悲しくて、怖くてブルーノは何度も鳴いた。
そこを偶然通りかかったのが、魔王カルロだった。
彼は片手でブルーノを拾い上げ、悠然と歩き出す。抵抗しようにも、もう力は残っていなかった。
カルロはブルーノを掴み岩山へと歩き続け、小さな洞窟へと入っていく。
そこは、朽ちかけたダンジョンだった。
数年前まではヌシがいたらしいが、もう死んでしまっているらしい。
ダンジョンのヌシは、とても長生きだ。普通なら、その寿命は魔王よりも長い。
しかし、不慮の事故で亡くなってしまう例はあった。
その場合、ダンジョンは徐々に朽ちていき、モンスターたちは別の場所へ移動し、魔王はヌシの後を追って消滅する運命だ。
ブルーノは自分を拾ってくれた優しいカルロの寿命が尽きかけていることに気付き、悲しんだ。
恩人なのに、自分は何も返すことが出来ない。
ダンジョン内のモンスターは、カルロとブルーノだけ。他のモンスターは誰もいない。
「お前も去れ」
カルロはブルーノにそう言ったが、聞く気はなかった。
自分は最期まで魔王と一緒にいるのだと決めていたからだ。
やがて、カルロは寿命を迎えた。
けれど、彼は消滅はしなかった。
魔王としてあまりにも短い生涯だったので、創世神の慈悲で眠りにつくことになったのだ。
ブルーノはカルロの眠りを守ろうと、常に彼の傍らにあり続けた。彼が目覚める日を待ち続けた。
そうして数十年が過ぎ、カルロは目覚めた。
ブルーノが餌を取りに行っている間に、硬い石の寝台からいなくなってしまったのだ。
必死になって探したが、相手は意外と近く……洞窟内にいた。
見知らぬ人間と妙に美味しくなさそうなヒヨコを伴って。
警戒しながら様子を窺っていると、カルロは人間の女などに懐いている様子だった。衝撃的だ。
あまりにも孤独すぎて、おかしくなってしまったのではないだろうかと心配になった。
(人間はモンスターの敵!)
自分がもっと早く狩りから帰ってきていれば、カルロは血迷わずに済んだかもしれないのに。
こうなったら目障りな人間から始末しようと、ブルーノは岩陰から相手に躍りかかった――ところを、カルロに捕獲された。
(なんで、どうして邪魔をするの、魔王?)
幼年でレベルの低いブルーノは、まだ言葉で意思疎通をすることが出来ない。
なので、モンスター同士にしか通じない、身振りや視線で魔王と会話をする。
結果、あの人間は新しいヌシだと判明した。
(殺さなくて良かった)
それにしても、ヌシというのは思っていたよりもひ弱で普通だった。
ダンジョンを構成する重要な役割を持つ者だから、もっと屈強な戦士だと思っていたのに。
以前のヌシには会ったことがないが、彼も人間だったのであのような感じだったのだろうか。
一方的にカルロに好かれているのが少し腹立たしいが、ブルーノはこのヌシを観察することにした。
ヌシは魔王の生命線だから。




