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08「不平等な真実」

「まったく。財布を持ってないわ、切符の買いかたを知らないわで、大迷惑だよ。ここまでの電車賃は、給料から天引きさせてもらおうかな」

「セコイことするなよ、瓶底眼鏡。職場の同僚として、仲良くなるためじゃない」 

「誰が、瓶底眼鏡だ。僕の名前はラッセルだ、世間知らず」

「私の名前は、ジャッキーよ。敬意を込めて、ジャッキー様とお呼び」

「ジャンクだかジャーキーだか知らないが、とても君を尊ぶ気にはなれないね」


 話は、小一時間ほど前に遡る。

 待てど暮らせどオリバーとメアリーが帰ってこないので、ラッセルは合鍵で事務所を閉めて帰ることに決めた。すると、ジャッキーが親睦を深めるために、家までついていくことを提案した。ラッセルは猛反対したが、弁は立っても腕力には敵わず、卍固めをくらわされた上、半ば強引に案内役にされてしまった。

 そしてラッセルは、自動販売機に話しかけたり、五人掛けのシートに寝そべろうとしたりするジャッキーを逐一注意しながら自宅まで連れて行き、疲労困憊のまま夕食を共にしたのである。

 回想終了。


燻製肉(ジャーキー)ですって? もう、我慢できない!」

「うわっ。何をする!」


 ジャッキーは、ソファーで仰向けになっているラッセルの両脚を持って両腕に抱えると、そのまま部屋の真ん中まで移動しつつ、ブンブンと回転し始める。その様子を見ていた少年と女は、口々に解説や感想を述べる。

 余談だが、少年は捨て猫探しをしていた時にジャッキーにぶつかった彼であり、女はオリバーにカーチェイスを持ち掛けて惨敗した彼女と同一人物である。


「オッと、ジャッキー選手。ラスティ―兄さんを持ち上げて、ジャイアントスイングだ!」

「愉しそうなジャッキー選手と違って、兄さんは苦しそうね」

「さて。お互いに目を回したところで、よろよろと立ち上がるラスティ―兄さんに、ジャッキー選手は右腕を回してラリアットを決めると、オッ! これは凄い」

「ヒュー。うつ伏せで伸びてる兄さんの脚を抱え上げ、サソリ固めだ!」


 苦悶の表情でバタバタと床をタップするラッセルに対し、ジャッキーは、そのまま背中の上に腰を下ろし、拍手に指笛で歓喜に湧くギャラリー二人にブイサインを送りつつ、ラッセルに降参を促す。


「どう? 参ったか!」

「悪かった。わかったから、放してくれ。腰が抜ける!」


 ジャッキーが腕を放して腰を上げると、ラッセルは息も絶え絶えのまま床を這い、振り飛ばされた眼鏡を拾い上げて掛けると、ギャラリーに向かって言う。


「二人で、水とタオルを持ってきなさい」

「イエッサー!」 

「はいは~い」

 

 少年は元気よく、女は不承不承に部屋をあとにすると、ジャッキーはラッセルの腕を引いて立たせながら体調を気遣って言う。

 

「大家族だなんて知らなかった。私は一人っ子だから、新鮮。何人きょうだい?」

「一ダース半。貧乏人の子沢山だよ。毎日、騒々しくて敵わない。義務教育だけの両親が無計画にポコポコ産むものだから、パブリックスクールやカレッジに行けないばかりか、ハイスクールももユニバーシティも、働きながら夜間に通わざるを得なかったんだ」

「それでも、卒業したんでしょう? 偉いじゃない」

「わざわざ高等教育を受けてまで、探偵事務所の経理になるとは思わなかったけどね。でも、小柄で肉体労働には不向きだから、頭脳労働の口が見つかっただけ御の字かもしれない。せめて目が悪く生まれなければと思うけど、無い物ねだりをしても仕方あるまい」

「……ごめんなさい」


 耳をペタンと垂れながら、ジャッキーが力なくボソッと言うと、ラッセルは疲れを滲ませながらもニヤリと口角を上げ、努めて明るく言う。


「気にすることない。僕の家が子沢山で貧乏暮らしをしているのを、君は今日まで知らなかったんだからね。らしくないから、落ち込まないでくれたまえ」


 そう言って、ラッセルがずんぐりとした手でジャッキーの寝ぐせ頭を撫でると、ジャッキーは小さく頷いた。

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