07「臭い物に蓋をせず」
「おいコラ。ボディーが傷むだろうが」
「だったら、インコースを譲りな」
時々、荷物の積み下ろしをしているトラックや、郵便物の集荷をしているバンなどを避けつつ、ツーシータとオープンカーは抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げている。
そのあいだ、メアリーはシートに背中を預けて仰け反りつつ、オリバーに苦言を呈している。
「ちょっと、オリバー。また免許センターに行きたいの? 地下鉄や高架鉄道を乗り継いで向かった挙句、長時間の行列に並ばされたって、このあいだ言ってたじゃない」
「あぁ、覚えてるさ。怠け者の職員のおかげで、一日まるまる棒に振らされたからな。三八区までノコノコ足を運ぶ人間なんて、他に用事は無いだろうさ」
「だったら、こんな馬鹿な真似はやめてちょうだい」
「大丈夫だって。この先は、オープンカーには厳しいからさ」
そう言うと、オリバーは片手でドアのあたりを探り、素早くハンドルを回して窓を閉めると、両手で思いっ切りハンドルを切る。すると車は、抜群のコーナーリングでタイヤを軋ませながらヘアピンカーブを曲がりきり、線路沿いをひた走る。
アウトコースを走っていたオープンカーは、遠心力でセンターラインをはみ出しながらも、どうにかカーブを曲がりきり、遅れを取り戻すように再加速する。
「ごく普通の道じゃない。ここが、どうしてオープンカーには厳しいのよ?」
「今に分かるさ。ほら。踏切の警告音が聞こえるだろう?」
カンカンカンという音に加えて、ゴゴッゴゴッという重低音が近付き、二台の進行方向とは逆方向に、長い貨物を牽く牛避け付きの蒸気機関車が通り過ぎていく。
すると間もなく、女は片手で鼻を押さえると、減速して路肩に車を停め、女は歩道に降りてしまった。オリバーは勝ち誇ったように小憎らしい笑みを口元に浮かべつつ、その横を颯爽と通り過ぎる。メアリーは、後ろを振り向き、今にも嘔吐しそうな青白い顔をしている女を心配そうに見てから、横にいるオリバーに訊ねる。
「体調を崩してるみたいだけど、彼女、どうしちゃったのかしら?」
「なぁに、心配いらない。汽車が通過しちまえば、じきに吐き気も収まるさ」
「どういうこと?」
「あの貨車に載ってるのは、家畜と肥料と生ゴミだからさ。俺が良いと言うまで、窓は開けないでくれよ。まぁ、これでステーキを奢らずに済んだし、アイツもしばらくは食欲が無いだろうから、いいダイエットになるだろうな。ハハッ」
陽気に笑い飛ばすと、オリバーは再び真面目な表情に戻り、途切れていた話を続ける。
「さて。とんだ邪魔者が入って中断してしまったが、話を戻そう。――実は、母親を捜してるという今回の依頼主は、十二歳の少年なんだ。これが第一ヒント」
「あらまぁ。ずいぶん若いのね」
「ここでピンと来ないか?」
「何が言いたいんですか?」
「それなら、第二ヒント。その少年は、この秋からパブリックスクールに進学するお坊ちゃんで、とある資産家の息子だ。だが、父親には似なかったらしい」
「なるほど。道理でラッセルの機嫌が好いはずだわ。他にヒントは?」
「まだ気づかないのか? それとも、うすうす勘付いてるけど、そうであってほしくないってところか?」
「よくあるタイプの相談じゃない。私は直接依頼主にお会いしてないんだから、さっぱり見当が付かないわ」
「なら、駄目押しに最終ヒントを出そう。その少年は誰かさんに似て、狐耳で透き通るようなプラチナブロンドと特徴的な瑠璃色の瞳を持ち、フルネームをピーター・スカーロイという。――おい、何をしてるんだ?」
名前を聞いた途端、メアリーはドアロックのノブを引っ張り、インナーハンドルを掴んでドアを開けようとする。驚いたオリバーは、チラッとバックミラーで後続車が無いのを確認して急停車させると、メアリーの両肩を両手でガッシリと掴んで落ち着かせようとする。
メアリーは、掴まれた手を引き剥がそうと抵抗しつつ、アームレストに寄りかかりながら冷静さを欠いた金切声で叫ぶ。
「放してちょうだい。私は、降りるんだから!」
「依頼を断らない約束だろうが! 理由を聞かないうちは、何があっても降ろさない」
「話が違いすぎるわ」
「たのむから、俺に手荒な真似をさせないでくれ。話すなら、放す。全部受け止めてやるから、何があったか教えてくれ!」
オリバーが力強く言い切ると、メアリーは抵抗を諦めてガクッと脱力し、顔を背けて窓の外を走る貨物の列に視線を移すと、思い詰めた表情のまま口を開いた。




