06「そんな時代もあった」
「わかりました。では、適当に時間をつぶしてから伺います。……。はい。坊ちゃんによろしくお伝えください。失礼します」
オリバーは自動車電話の受話器を運転席と助手席のあいだに置くと、ドアにあるハンドルをグルグルと回して窓を開け、窓枠に腕を乗せて身を乗り出しながら、デパートの回転ドアを出たメアリーに向かって大きく手を振りながら、よく通る大声で言った。
よく見ると、メアリーは事務所を出たときと違い、フォーマルを意識したドレスに着替えている。
「こっち、こっち!」
すると、耳をクルッと動かして声に反応したメアリーは、オリバーが乗っているツーシータの助手席側に回った。それを見たオリバーは、身体を車内に戻し、助手席のシートの上に手をついてドアを開ける。
「お気遣い、どうも」
「どういたしまして。一段と美人になったな」
オリバーがニコニコと上機嫌で褒めると、メアリーは柳に風と受け流しつつ、ドアを閉め、抱えている紙袋を手渡す。
「お世辞は結構です」
「本心なのに」
「それなら、余計に困ったものだわ。――ご所望のものは、これで全部かしら?」
オリバーは、紙袋の口を覗き込みつつ、指で適当に中の品物を数え上げると、袋の口を折ってシートの後ろのスペースに置きながら言う。
「スラックスに、ワイシャツとネクタイか。俺なら、絶対に買わないアイテムばかりだな。その下にある紙袋は?」
「私の着替えです。開けないでくださいね」
「そそられるものがあるけど、やめておこう。まぁ、これだけあれば良いだろう」
「ジャケットや靴は、そのままで良いんですか?」
「あぁ。このまま家に寄るから、問題無い」
「そう。先に言っておきますけど、部屋には上がりませんからね」
「つれないな。そりゃあ、期待してないけどさ。――車を出すぞ」
「えぇ、発車してちょうだい」
オリバーはハンドルを器用に切って路肩の縦列駐車の列から抜け出すと、そのまま交差点を右折し、そのあと並走する車や周囲の歩行者などに気を配りながら直進しつつ、さっきまでのコミックキャラを封印してシリアスな調子でメアリーに話しかける。
「依頼にも遠からず関係することだから、黙秘だけはやめてほしいんだけどさ。どうしてバツイチになったのか、教えてくれないか?」
「私の身の上話と今回の依頼が、どこでどう関係してるか、そちらを先に教えてほしいところね」
「教えてやっても良いけど、依頼を断らずに離婚理由を話すと約束できるか?」
「ずいぶん回りくどいことを言うのね。お引き受けしてしまった以上、いまさら、お断りすることなんて、できない相談じゃありませんか?」
「つまり、話してくれるんだな?」
「そうです。だから、お話ししてくださいな」
「わかったよ。実は……」
本題に入ろうとしたところで、前方の信号が赤に変わったので、オリバーは停止線で車を停める。すると、すぐに真横の車線にオープンカーが停まり、タヌキ耳でふくよかで派手な女が、ハンドルから片手を離してオリバーに向かってヒラヒラと振りながら、耳障りなキンキン声でからかい半分にオリバーに話しかける。
「ハロー、オリバー。今日は、ナイスバディーの彼女とデートなのか?」
オリバーが犬歯をむき出しにしつつ仁王像のように眉根を寄せ、苦々しげにしかめっ面をしていると、助手席にいるメアリーがオリバーの耳元で囁く。
「お知り合い?」
「まさか。腐れ縁の悪友ってところだ。――いま、仕事中だ。隣に居るのは、俺の秘書」
オリバーがメアリーに答えたあとにオープンカーに向かって怒鳴り返すと、女は何が可笑しいのか、長く聞いていると知能指数が下がりそうな声でケラケラと笑いながら言う。
「あのオリバーが、秘書だって? ――まぁ、いいや。お誂え向きに道が空いてることだし、久しぶりに勝負しないか?」
「断っても、次の交差点までついてくるくせに」
「ビンゴ! それじゃあ、私が勝ったら五枚ね」
「せめて三枚にしておけ、わがままボディー」
言い争っているうちに、信号が緑に切り替わる。
二人は口論もそこそこに、アクセルを目いっぱい踏み、タイヤから灰色の煙をたてながら急発進した。




