05「注射嫌いと眠り姫」
「それで結局、お引き受けしたのね?」
「あぁ。うまい話だとは思ったけど、こっちにものっぴきならない財政事情があるからな」
午前中にピーターが座っていたソファーに、二人がかりでジャッキーを寝かせつつ、メアリーとオリバーは会話を交わしている。
「それにしても、よっぽど注射が嫌いなんだな、ジャッキーは」
「えぇ。何とか免れる方法は無いものかと、気力で抑制できるとか、せめて飲み薬が良いとか何とか、さんざん看護師さんたちと掛け合って、すっかり疲れちゃったのね。まぁ、私も肌に針を刺されるのは、何とかならないかと思ってるわ」
「俺も、気持ちの良いものではないと思ってるさ。もうちょっと、医療の進歩が追い付かないものかなぁ」
大仰に嘆きながらオリバーがローテーブルを飛び越え、向かいにあるソファーにどっかと座ると、メアリーは、ジャッキーの寝息が安定しているのを確認しつつ、静々とアームレストに腰を下ろす。
「一朝一夕には、難しいでしょうね。――それで、お話を戻しますけど、その子の母親を捜す当てはあるんですか? ご依頼内容をクリアしないと、対価も支払われませんよ?」
「分かってるって。皆まで言わないでくれ。俺だって、カネに目がくらんで何の考えも無しに安請け合いするほど、馬鹿じゃない。すでに、目星は付いてる」
「そう。それなら、早く話を付けたほうが得策ね」
メアリーが、何の気なしにジャッキーの顔にかかる髪を横分けにしながら言うと、オリバーは眉間にシワを寄せ、念を押すようにメアリーに確かめる。
「ホントに、そう思うか?」
「えぇ。いつ、また別の依頼が舞い込んでくるか分からないもの。身体を空けておく意味でも、手っ取り早く済ませるに越したことないと思うわ」
「よし! それなら、話が早いな。――起きろ、ジャッキー!」
オリバーは声を張って目を覚まさせると、ゆるゆると緩慢な動作で上体を持ち上げつつ、瞼をこするジャッキーの寝ぼけ頭に、矢継ぎ早に指示を出す。
「いいか、ジャッキー。俺とメアリーは、依頼を達成するために出かけてくるから、そのあいだ、この事務所で留守番をしておいてくれ。なるべく早く戻ってくるようにするが、もしも先にラッセルが郵便局から帰ってきたら、ひとこと『所長と秘書は、捜査に出かけた』とだけ伝えてくれ。わかったかい?」
「う~ん。所長と秘書が、ソーサーを買った?」
「違うわ、ジャッキー。捜査に出かけた、よ。もう一度、言ってごらんなさい」
「所長と秘書は、捜査に出かけた」
メアリーが訂正し、その通りにジャッキーが復唱すると、オリバーは満足げに大きく頷いたあとで自席に戻り、手帳やペンなどの手回り品を乱暴にパーカーのポケットに突っ込むと、足早にすりガラスのはまった扉を空けて廊下に飛び出した。
メアリーは、フラフラしているジャッキーの頭をソファーの背もたれに預けさせると、自席の後ろにあるスチール製のロッカーに向かい、扉を開けてハンドバッグを取り出すと、すぐに事務所をあとにした。
フェレスは、そんな慌ただしい二人を不思議そうに見送ったあと、ジャッキーの膝の上に飛び乗り、大きな欠伸をしてから丸くなり、焦茶色の瞳を細めると、そのまま眠りの世界に旅立った。




