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03「はじまりの地で」

「箱だけは残ってたみたいですね、所長」

「そのようだな、ジャッキー」


 先端にトランプのスペードのマークのような突起が付いた高い鉄柵の前に、雨ですっかりふやけて潰れた段ボール箱と、滲んで文字が解読できなくなった紙が放置されている。

 オリバーは、その箱から視線を上げ、柵の向こうに立っているレンガ造りの建物に目を移した。すると、すかさずジャッキーも同じほうを向き、何があるのかと好奇心丸出しでキョロキョロと落ち着きなく見たが、すぐに首を捻りながらオリバーに訊ねる。


「見た感じ、特に変わった建物には見えないですけど、何か気になることでもあるんですか?」

「いや、別に。ただ、案外小さな建物だったんだと思っただけだ」

「それって、どういう意味?」


 ジャッキーが興味津々にオリバーへ質問すると、オリバーは小さくエホンと咳払いしてから、おもむろに口を開く。 


「俺は、生まれてすぐに実の両親に捨てられて、この教会の前に毛布に包んで置かれていたらしいんだ」

「えっ! じゃあ、所長は、孤児なんですか?」

「正式には、非嫡出子という。六歳までここで育てられたあと、今の事務所のボスの養子になった」

「ボス?」

「時々、事務所にシーリングを捺された手紙を送られて来てるだろう?」

「あぁ、ありますね。どこの貴族だろうと思ってました」

「あのなぁ」


 オリバーがヘニャヘニャと耳を垂れて脱力すると、ジャッキーは、それを意に介さずに話を続ける。


「エヘヘ。それじゃあボスは、所長の育ての親なんですね?」

「あぁ。書類上は、養父というんだがな。もっとも、俺を引き取った時点では、そこまで歳ではなかったから、父親というより、少し歳の離れた兄のような存在だったけど」

「フ~ン。ボスには、実の子供は居なかったんですか?」

「ボスは、司祭だ。生涯独身を貫かねばならない聖職者だぞ?」

「あっ、そうなんだ。それじゃあ、無理ですね。それで?」

「それで、とは?」


 聞き返したオリバーに対し、今度はジャッキーがペタンと耳を垂れながら言う。


「ボスと一緒に暮らすようになって、何かエピソードは無いんですか?」

「あぁ、そういうことか。文武両道とでも言おうか、学問と武芸と、どちらにも秀でた人でさ。勉強もスポーツも、みっちり仕込まれたんだ。今となっては感謝してるけど、当時はスパルタ過ぎると思ってたな」

「へぇ。厳しい人だったんですね」

「自分にも、子供にもな。俺のあとにも、二年か三年置きに一人のペースで養子を引き取ってたんだけど、オオカミで無かろうが、女であろうが、依怙贔屓なく躾けてたよ。でも、どこか俺には優しいところもあって、十五で働けるようになったときに進学か就職かで迷ってると、今の仕事をあてがってくれて、最初の三年くらいにノウハウを仕込まれたんだ」

「やっぱり、一番弟子が、一番可愛かったんですかね?」

「どうだろう? 歳が近くて同種で同性だから、どこかにシンパシーを感じてたのかもしれないけど、俺のことをどう思ってたかは、謎だな。――猫を拾った場所もハッキリしたことだし、話はこれくらいにして事務所に戻ろう。もうすぐ、ランチタイムだ」

「そうですね。――あっ」


 まるでタイミングを計ったかのようにジャッキーの腹の虫がうなりをあげると、オリバーはクスッと笑いながら歩き出す。


「空腹のようだな。気を紛らわせるためにも、猫の名前でも考えながら行くとしよう」

「猫の名前?」

「無いと不便だろう? ミケとかタマとか、呼びやすくて親しみやすい愛称があると、何かと重宝する」

「そっか。猫に猫って呼びかけるのは、所長にオオカミって呼びかけるようなものですもんね。う~ん。何が良いかなぁ……」


 そしてジャッキーは、時おりオリバーに進路と話題を軌道修正されながら、事務所に向かって並んで歩き始めた。

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