02「命名権は誰の手に」
「ナ~ゴ」
「シッシ。鬱陶しいから、あっちへ行け。服が傷む」
机の下でスラックスの裾に前脚を引っ掛けてじゃれている猫を、ラッセルは蚊か蠅でも追い払うかのように手を振って追い払った。
猫は、その手を避けるように机の下から出ると、伝票を持ってきたメアリーにすり寄る。メアリーは、伝票をラッセルの机の上に置くと、屈んで猫を抱き上げる。
「あらあら。せっかく懐いてるのに、酷いことをするのね、ラッセル。――ここに置いておきますから」
「僕は、こいつをここで飼うことに賛成していません。――どうも」
そう言うと、ラッセルは伝票を帳簿の横に置き、耳に挟んでいる鉛筆を手に取って指のあいだに挟むと、そのままソロバンを弾きはじめた。
「あなたは賛成してなくたって、多数決で決まったんだから協力しなさいよ。大人げないわ」
「経理としての務めを果たしてるだけです。――それにしても遅いですね、あの二人。もうすぐ、ランチタイムなのに」
「どこまで行ったのかしらね。――あなたは、どこから来たの?」
「ナ~ゴ」
ラッセルがベストから懐中時計を出して時間を確認しているあいだに、メアリーは自席に猫を置いて給湯スペースへ移動し、戸棚から小さな平皿を、引き出しから缶切りを取り出してテーブルに置いた。
それからメアリーは、伝票の枚数を数え上げてはため息をついているラッセルを尻目に、ジャッキーの机へ向かい、椅子の座面の上に無造作に置かれた紙袋を取り上げ、中から魚のマークが書かれた缶詰を一つ取り出して袋を元に戻すと、再び給湯スペースに行き、缶詰を開封し始める。
すると、鼻を鳴らして匂いに誘われた様子で猫がイスから降りてメアリーの足元に行き、期待を込めた視線を上げながら前脚を揃えて鎮座して待機する。その様子を見たラッセルは、領収書のうちの一枚を引き抜きながら、皿にツナフレークを盛り付けているメアリーに向かって言う。
「猫の餌にするなら、これは経費として認めませんよ」
「もう。そんな意地悪なことを言わないの。――さぁ、召し上がれ」
「ナ~ゴ」
メアリーは猫の目の前に皿を置き、待ってましたとばかりに嬉しそうに食べ始める猫を、目を細めて喜ばしげに見守りつつ、横目でラッセルのほうをチラチラと見ながら、文句を返した。
そこへ、騒々しい物音とともにジャッキーとオリバーが姿を現す。
「ニュース、ニュース! 所長に関する、大スクープだよ!」
「落ち着け、ジャッキー。廊下まで聞こえるだろうが」
「やかましいハイエナが帰ってきた」
「ジャッカルだ。――ただいま、フェレス!」
「ナッ、ナ~ゴ」
オリバーに注意され、ラッセルから言われた売り文句を買いつつも、ジャッキーは一目散に猫に向かい、両腕でギュッと抱きしめた。
それを見ていたメアリーが疑問を呈すると、オリバーがそれに応じ、ラッセルが皮肉を込めた笑みを浮かべて同意する。
「フェレスというのは?」
「猫の名前だ。いつまでも猫、猫と呼ぶのも可哀想だからな」
「フェレスか。食い意地が張ってて悪戯好きなコイツにピッタリだな」
ジャッキーに抱きしめられたフェレスは、少し苦しそうにしながらも、その頬に頬をすり寄せる。
モフモフと戯れているジャッキーに対し、メアリーが質問する。
「ところで、スクープというのは何なんですか?」
「あっ、それだけど、きっと驚くんじゃないかな。――ねぇ、所長?」
ジャッキーがオリバーに同意を求めると、オリバーは諦めたように、ぞんざいに返事をする。
「君に口止めは効かないだろうからな。気が進まないが、話したければ話せばいい」
「話し手が話す前にハードルを上げる話は、たいていくだらない話と相場が決まっているものだ。ましてや、話し手が脳筋馬鹿では、期待できないな」
「くだらなくない!」
「まぁまぁ、聞いてみましょうよ」
喧嘩腰で睨み合うラッセルとジャッキーをメアリーが仲裁して話題を戻した。
するとジャッキーは、プイッとラッセルから視線を外し、メアリーに向かって午前中の出来事を話しはじめた。




