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16「父と娘は平手で語る」

 荒れ果てない程度に手入れが行き届いたナチュラルガーデンを見渡しつつ、鉄製の白いガーデンテーブルを囲みながら、四人は午後のポカポカとした陽射しが燦燦と降り注ぐ中で、優雅なひとときを過ごしている。

 少し遠くを覗けば、庭の一角にある大理石でできた噴水の縁石の上で、フェレスが目を細めてバンザイしたまま、溶けたチーズかダリの時計のように腹を上にして無防備に微睡んでいる。


「ギャンブルで大穴(ジャックポット)を当てでもしない限り、探偵だけの稼ぎじゃ、逆立ちしたってこんな豪邸を買えないな。羨ましいよ」

「エヘヘ。ここが気に入ったのなら、事務所が直ってからでも、いつでも遊びに来てください」


 テーブルの上には水洗いされたイチゴ、バナナ、リンゴの三種類のフルーツが、それぞれ無造作にガラス製の器に盛られて中央に置かれ、オリバーとジャッキーは素手で掴みながら、メアリーとラッセルは銀製のナイフとフォークで切り分けながら、めいめいのペースで食べ進めている。


「もしくは、配当が天文学的倍率に膨れ上がる証券を予想して購入し、的中させたあとに売却することですね。ギャンブルよりは現実的です」

「星の数ほど銘柄があるのに、そう簡単には当たらないわ。五十歩百歩よ」

 

 晴天白日の下、取り留めも無い雲を掴むような話に花を咲かせていると、ガサガサと茂みが音を立てはじめる。


「フェレスかな?」

「いいえ。彼女なら、向こうで日向ぼっこしてるわ。――何か、ペットを飼ってるの?」

「飼ってない。風じゃないの?」

「いや。さっきからずっと、凪いだままだ」


 四者が一様に茂みに潜む物体エックスに対して怪訝そうな顔をしていると、栗毛で淡褐色の瞳を持つひとりのジャッカル耳の筋骨隆々の男が、メイドの制止を振り切って茶会に乱入し、つかつかとジャッキーに向かって早足で近付いたかと思うやいなや、その胸ぐらを掴み上げ、井戸の底から聞こえてきそうな胴間声を張り上げる。


「この、馬鹿娘が! お前が居なくなって、どれだけ心配したと思ってるんだ!」


 ジャッキーを除く三所員が思考と動きをフリーズさせて戸惑う中、怒り心頭に発した男は

パシッという乾いた音を立てながら、ジャッキーの頬に平手打ちをした。すると、ジャッキーも負けじと男に往復ビンタを食らわせ、犬歯をむき出しにしながら吠えるように言い返す。


「馬鹿は、パパのほうじゃない。外では裸一貫から億万長者に成り上がった実業家かもしれないけど、家では私やママをほったらかしにしてたくせに。ずっと寂しかったんだからね? 最後に家族で出かけたのは、いつだと思ってるの? どんな素敵なプレゼントよりも、パパと一緒に居る時間には敵わないんだから!」


 そう言って、ジャッキーは涙目になりながら男に抱きついた。男は、石炭の粉で黒ずんだ爪が生えた皮の厚い手をジャッキーの背中に回してさすりつつ、大きく頷いた。

 激しい暴力の末の和解という激しいヒューマンドラマを見せられ、置いてきぼりを食らわされた三者は、メアリーから順にコメントをする。


「娘に同じ苦労をさせたくないから、上質な教育と潤沢な資産を確保しようと東奔西走したのに」

「教育パパで、いつも仕事に追われている夫の真意を、妻は理解できずに出て行き、娘は閉塞感を覚えて飛び出したというところか。プロレス技は家出中のダウンタウン仕込みかと思ったら、親譲りだったんですね」

「そのようだな。――あのぅ。俺たち、すっかり蚊帳の外に追い出された気がしてるんですけど、そちらのかたは、どちらさまですか?」 


 おずおずと手を上げながら、オリバーが感動の再会中のジャッキーと男に質問すると、振り払われて捻挫していたメイドが慎重に立ち上がり、説明を試みる。


「このかたは、この家の当主で、かつジャクリーヌさまのお父さまでもあります」

「ジョージ・グラッドストンだ。よろしく」


 ジョージは、メイドの紹介を遮るように名乗ると、ジャクリーヌから名残惜しげに離れ、オリバーに向かって片手を差し出した。オリバーは、その手を握り、終始ご機嫌を伺うように愛想笑いを浮かべつつ、ガッチリと握り返されて頬を引き攣らせながらも、名前と関係性を伝える。


「オリバー・オズワルドです。お嬢さんとは、所長と所員の関係です」

「なんだって! ジャクリーヌを働かせたのか?」

「はい! こんな良家の令嬢とは、つゆ知らず。申し訳ございません」


 突然、大声を出したジョージに対し、オリバーが平身低頭で謝ると、ジョージは片手で目を覆って天を仰ぎつつ、快活に笑いながら言う。


「ワッハッハ! そいつは、傑作だな。他人に迷惑をかけてばかりで、ちっともまともに働けなかったんじゃないか?」

「えぇ、まさしく、その通りで。――グフッ」

「余計なことを言わないで」

 

 被害を陳情しようとしたラッセルに、ジャッキーが肘鉄砲を食らわせて泡を吹かせると、メアリーがジャッキーを擁護する。


「でも、ジャッキーには優しいところがあるんですよ。あそこで野生の本能を忘れて寝っ転がってる三毛猫は、実は捨て猫でしてね。それをジャッキーは、自分が濡れるのも厭わずに保護したんです」

「そうそう。それに、事務所が火事になって路頭に迷うところだった俺たちに、この離れを使うように提案したのも、他ならぬジャッキーです」

「そうだったのか。知らないあいだに、立派に育ったんだな。……オッと、いけない。旋毛風で目にゴミが入った」


 感慨深げに呟き、ジョージは、太く逞しい親指と人差し指で目頭を押さえた。周囲の五人は、快晴無風なのに砂埃は舞わないだろうと心の中でツッコミを入れつつ、それを無言のまま温かい目で見守った。


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