12「この顔にピンと来たら」
「今朝の一面を飾ってるのは、薬剤耐性体質者の障害手当を打ち切る厚生省の無責任さを訴えるデモ活動の様子と、連続放火魔の犯行現場と目撃者の証言による犯人像のモンタージュか」
自席でタブロイド紙を広げながらブツブツ言っているラッセルを、ジャッキーはキャスター付きの事務に前後逆に座って背もたれを抱え込みつつ、後ろから興味深そうな表情で覗き込みながら、顔写真を指差して質問する。
「この男が、火を付けて回ってるのか?」
「いや、どうだろうな。あくまで、このモンタージュに似た男が今日の未明に逮捕されたというだけで、コイツが犯人と決まったわけじゃない」
「フーン。網棚の新聞も、案外役に立つものだな、ラスティ―」
「ラスティ―と呼ばないでくれ。子ども扱いされてるみたいで、むず痒い」
口では嫌がりつつ、まんざらでもない様子のラッセルを見て、ジャッキーはニヤリと口の端を持ち上げる。そして、両手を目の横に構えてワキワキと指をクの字に曲げたあとで、そのままその動きを止めることなく、ラッセルの背中や脇腹をくすぐりだす。
「どこどこ? どの辺が痒いんだ?」
「ダーッ。そういう意味じゃない」
身を捩って逃げようとするラッセルを、ジャッキーがキヒヒと犬歯をむき出しにして笑いながら、文字通りに引っかき回していると、その様子をソファーで見ていたフェレスがヒョイとソファーを飛び降り、ラッセルに向かってダッシュして、その膝の上に飛び乗る。
そこへ、オリバーとメアリーが扉を開いて姿を現す。
「おはよう、諸君」
「ジャッキー、ラッセル、おはよう。今朝は、ずいぶん賑やかね」
「あっ、おはようございます!」
「おはようございま、――やめないか、ジャッキー!」
「ナーゴ!」
挨拶もままならないラッセルは、反撃とばかりに膝の上に鎮座するフェレスを持ち上げ、ジャッキーの顔の前に張り付ける。ジャッキーはくすぐり攻撃を止め、落ちまいとして必死に耳や髪にしがみつこうとするフェレスを動き回る上に視界が利かない中で捕まえようと四苦八苦する。見かねたメアリーが両手でフェレスを持ち上げて腕に抱きかかえると、ジャッキーはボサボサの髪から猫の毛を落そうとかぶりを振り、ゼーゼーと荒い息をする。
一方で、それを横目で見ながら、オリバーはジャッキーが着ているスウェットを指差しながらラッセルに言う。スウェットには、ポップな極彩色でカップケーキとマカロンがプリントされている。
「昨夜はジャッキーを家に招いたようだな、ラッセル。あの服、妹のだろう?」
「お気付きですか。実は昨日の帰りに、家に行きたいとせがまれましてね。気が滅入りましたよ」
「その割には、腐ってる様子が無いな。それどころか、どこか打ち解けてる気配すら感じる。何か良いことがあったのか?」
「何もありませんよ。それより、件の依頼は、どうなったんですか?」
「それなら、問題ない。万事、滞りなく達成したよ」
「へっ? もう、見付かったんですか?」
「あぁ、灯台下暗しだったよ。これが、口座番号と振込金額。あとで、シティーバンクに行って確認しといてくれ。――こいつは、もう読んだのか?」
「はい、受け取ります。――えぇ、あらかた読み終わりましたよ。今朝は、ガソリンスタンドで買わなかったんですか?」
「そうなんだ。昨夜に遠出した帰りに入れたから、入れる必要が無かったんだ。――それじゃあ、借りるぞ」
オリバーは、ラッセルにメモを渡してタブロイド紙を手にすると、一面に大写しになっている顔写真に目が釘付けになり、しばし動揺して口元を片手で押さえながらプルプルと震えていたかと思えば、それを細長く折ってジーンズの尻ポケットに差し込み、急いで事務所を飛び出していく。
「あら? そんなに急いで、どちらへ?」
扉に向かって鉄砲玉のように駆けて行くオリバーの背中に、メアリーがソファーに座らせたジャッキーの髪を櫛で梳かしながら声を掛けると、オリバーは額に汗を浮かべながら、振り返りもせずに一言だけ叫んで廊下に出て行く。
「七区の保安署だ!」
そう言って、オリバーはタッタッタと階段を一段飛ばしで駆け下りて行った。




