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11「野に咲く薔薇のように」

「アー。この時間は、やっぱり混んでるな」


 疲労を滲ませる濁声で言うと、オリバーは車を停めた。車の前方にも後方にも、それから左右にも車が停まっていて、道路の上には、大小さまざまな鉄の箱が長蛇の列をなしている。その箱のいくつかからは、クラクションや罵声を発しているものもある。


「結局、長居しちゃったわね」

「まぁな。でも、いいじゃないか。俺は久々に高級肉にありつけて、ラッキーだと思ってる」


 オリバーはハンドルから手を放すと、満足げに腹をさすりながら舌なめずりをしてみせた。助手席にいるメアリーは、それを呆れ半分に見ながらコメントを返す。


「あなたって、遠慮というものを知らないのね」

「エンリョ? そいつは、まだ食べたことが無いな。――はてさて。この調子だと、君の家に到着するのは深夜になりそうだし、そこから俺の家に戻ると日付が変わりそうだな。かといって、今さら事務所に戻るのも億劫だ。どうする?」

「どうするって?」

「俺としては、タイヤの摩耗とガソリンの消費量を減らして、睡眠時間を増やしたいんだが、どうだ?」


 オリバーがカッコを付けてウインクを送ると、メアリーはツイッと首を傾げて避けつつ、悪戯っぽく微笑みながら艶っぽい声で言う。


「なぁに? それで誘ってるつもりなんですか、送りオオカミさん」

「メギツネさんよ。たのむから、その呼びかたと喋りかたは、よしてくれ。これでも俺は、内に宿りし理性を総動員して平生を保ってるんだ」

「あらあら。先に誘ったのは、そっちじゃありませんか」

「はいはい、俺の負けです。でもまぁ、なし崩し的にスッピンも垣間見てしまったし、着替えだってあるんだ。俺がソファーで寝ればベッドも貸せるし、シーツも毛布も洗い替え用がある。都合が良いと思わないか?」

「本当、虫のいい話ね。悪くない提案だけど、一晩中ソファーに居るという保証はあるの?」

「同意も無く無理矢理に女を襲うほど、野蛮な時代に生まれた男じゃない。それに」

 

 オリバーはワイシャツの袖を折ると、腕にある注射痕を見せながら言う。


「予防接種なら、この通りサボらずに受けてるさ。健康で文化的な都市生活を送れるように、市民としての義務は果たしてる」

「あら、そうかしら? この前も、これも経費に回して節税できないかと言われて困ってると、ダーツクラブの領収書を片手にラッセルが頭を抱えてたわよ?」

「ウッ。昔、よくボスに連れられて足繁く通ったんだ。今でも、その習慣が抜けなくてさ。ほら、定期的に顔を出さないと、俺の身に何かあったんじゃないかって、クラブの連中が心配するといけないし。あっ、そうそう。連中の話が、結構、行き詰った仕事を打開する手掛かりになるんだ。だから、けっして無駄遣いではなくてだな」


 目を泳がせ、小刻みに耳をピクピクと震わせながらオリバーが言い訳をすると、メアリーはフロントガラスの向こうの車列を指差しながら言う。


「前方不注意ですよ、ドライバー。列は少しずつ動き出してます」

「オッと、いけない」


 オリバーがハンドルを握って緩やかに発進させると、メアリーはスルスルとオリバーのワイシャツの袖を戻してボタンを留めながら、ウィスパーボイスで言う。


「今夜だけですよ」


 それを聞いたオリバーは、その刹那、ゾクゾクと全身を震わせてカッと瞠目したが、すぐにいつもの精悍な表情に戻り、なんてことないように取り繕いながら言う。


「それじゃあ、行き先を俺のアパートに変更するよ。いいな?」

「えぇ。どうぞ」


 メアリーの返事を聞いたオリバーは、ウインカーを出し、対向車に気を付けながら交差点を大きく左折した。

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