09「一枚上手なのは」
「自立した女ではなくて、見た目だけが良くて中身がスッカラカンのお人形さんが欲しかっただけだと気付いたからよ。干渉したり、束縛したりする男は嫌いなの」
「そっか。……興味本位で訊いて良い話じゃなかったな。すまない」
話す言葉も掛ける言葉も見つからないまま、二人は口を噤んだ。オリバーが、車内の重たい空気を追い出すように、ハンドルを回して窓を開けると、メアリーも同じように窓を開けた。すると、外から山鳥の長閑な鳴き声が聞こえ、マイナスイオンに満ちた一陣の涼風が吹き抜ける。
「さて。生徒手帳の住所によれば、このあたりに住んでるようなんだが、どの屋敷だろうな。……それにしても、閑静な高級住宅街に、量産型のツーシータは似合わないな」
誰にともなく言いながら、オリバーはテーラードジャケットの懐から手帳を出し、書き留めた住所を読み上げたり、通りの名前を記した瀟洒な看板を確かめたりしながら、なおも独りごちる。
「九区ディー番地イー号ハイランド通りエフ丁目。……うん。この通りで間違いなさそうだけど、高いコンクリート塀や鉄柵が続くばかりで、ちっとも入口が見当たらないな。そもそも、どこからどこまでが一軒なんだか、サッパリだ」
聳える外壁に沿って車を低速で走らせつつ、オリバーが右に左に視線を走らせていると、見かねたメアリーが、ようやく沈黙を破る。
「もう少ししたら、赤土色のテラコッタタイルが装飾された塀が見えてくるんだけど、その塀が途切れてアーチ形の鉄門扉が現れたら、停めてちょうだい」
「オーケー。そこが、スカーロイ邸の玄関なんだな?」
「正確には、使用人たちの通用口よ。でも、正面に回っても、そこから入るように言われるに決まってるもの。私たち、招待状を持った賓客じゃないから」
「なるほど。メアリーのおかげで、ガソリンとタイヤと時間を節約できそうだ」
「どういたしまして」
そうしてオリバーは、メアリーの助言通りに車を停めた。すると、鉄門扉が薄く開き、中から燕尾服を着た狐耳の初老紳士が姿を現し、無表情のままオリバーに近付いて慇懃に訊ねる。
「名刺を拝見してもよろしいでしょうか?」
「俺のか? それとも、ここの主人のか?」
「両方です」
「分かった。――これが俺ので、こっちが坊ちゃんから渡されたのだ」
オリバーが手帳のポケットから二枚の名刺を引き抜き、一枚ずつ提示しながら渡すと、紳士は白手袋をした手で受け取り、しげしげと訝しげな目で二枚を検めると、オリバーに名刺を返し、鉄門扉を広く開けて平板な声で言う。
「お入りください」
「サンキュー。――無事、一次審査は通過したみたいだ」
窓を閉めながら、オリバーがエントランスへと車を走らせつつ上機嫌に話しかけると、メアリーは、同じく窓を閉めながら率直な疑問を投げかける。
「名刺をお持ちだったのね、オリバー。いつのまに拵えたんですか?」
「いいや。あれは、俺のじゃない。義務教育しか出てない私立探偵に、肩書は無いからな」
「えっ? それじゃあ」
「渡したのは、ボスの名刺だ。聖トリニティー教会の司祭と知り合いなら、通さざるを得ないだろう?」
「まぁ、ズルイことを考えるわね」
「それほどでも」
車は、庭師によって綺麗に剪定されたイングリッシュガーデンを横切り、ロータリーへと向かった。




