00「プロローグ」
※一部、短編版と設定や構成を変更しています。
――太陽系第三惑星に似たこの惑星では、イヌ科の動物たちが独自の進化を遂げ、地上を支配するようになった。見た目はヒトに近く、火や道具を使い二足歩行するが、耳は頭頂部に獣のようにピンと立っている。ちなみに、他の食肉目は、イヌ科の動物たちほど進化しなかった。
「硫化アリル殺人に、カフェイン自殺。物騒な事件が多いな、メアリー」
オオカミとヒトを足して二で割ったような赤毛で琥珀色の瞳をした精悍なハンサムが、所長と書かれた三角錐が置かれた机の上に組んだ足を乗せつつ、聖徳太子の尺のように細長く折ったタブロイド紙を読んでいる。
そこへ、キツネとヒトを半分ずつにしたような金髪で瑠璃色の瞳をした妖艶なグラマーが、アルミ製の丸盆にグラスに入った水を載せて持ってくる。
「世知辛い時代ですわね、オリバー。足を下ろしてくださいな」
「おう、すまない。――ラッセル。今月は、黒になりそうか?」
オオカミ男は机から足を下ろすと、近くでスチール机に向かい、太い指で器用にソロバンを弾きながら帳簿を付けている男に声を掛けた。
ヒトに半分タヌキを足したような小柄で神経質な黒髪の男は、声に反応して顔を上げ、低い鼻に掛けた眼鏡を指で押し上げると、側に積んである請求書の山を掴み上げて見せながら、分厚いレンズ越しに灰緑色の瞳で睨みつつ、底意地悪い口調で言う。
「これだけ無駄遣いしておいて黒字したいと思うなら、もっと金払いの良い依頼主を見つけることですね。まったく。いっつも所長は、収支がトントンになるギリギリのラインでしか引き受けないんですから。経理を担当する僕の身にもなってください」
「悪い、悪い。つい、依頼主に同情して安請け合いしてしまうのは、俺の悪い癖だ」
「依頼だけじゃありませんよ。どこで生まれ育ったのか分からない脳筋の体力お化けを拾ってきたおかげで、修繕費が嵩んでるんですからね。収入が少ないのに、支出が多くなっちゃ困るんです」
「わかった、わかった。俺のほうからも、注意しておくさ」
二人が言い合っているあいだに、メアリーは、二人の男の机にグラスを置いて回り、自席に戻る。
「新米は、まだ来てないのか?」
「抑制剤の予防接種かしら? 発情期が近いかどうかは、知りませんけど」
オリバーがメアリーに話を振り、メアリーが思案顔で推論を述べた直後、バーンという騒々しい音とともに、すりガラスにオリバー探偵事務所と書かれた扉が開き、ジャッカルとヒトをハーフアンドハーフにしたような大柄で筋肉質な少女が闖入した。栗毛で淡褐色の瞳を持つ彼女の手には、寒さに震える三毛猫が抱えられていて、どちらも濡れネズミになっている。
「噂をすれば、コヨーテが来た」
「ジャッカルだ、このチビデブ。鍋で煮て食うぞ」
ラッセルの皮肉めいた揶揄に、ジャッカル少女が犬歯を剥き出しにしながら物理的でなく比喩的に噛みつく。
そのあいだにメアリーは、どこからともなくバスタオルを持ってきてジャッカル少女の手から猫を取り上げて包み、オリバーはジャッカル少女に手招きする。
「ジャッキー。その猫は何かの説明も含めて、遅刻した理由を話したまえ」
「はい、所長。ひろってくださいと書かれた段ボールに入れられて雨ざらしにされていたので、保護したのであります!」
ジャッキーが膨らみに乏しい胸を張って堂々と報告すると、横でラッセルがボソッと小声で呟く。
「このリカオンは、正真正銘の馬鹿だな」
「聞こえてるぞ、陰険眼鏡。――ねぇ、所長。私が面倒を見ますから、飼わせてください」
「う~ん。そうだなぁ」
「僕は反対ですよ。これ以上、経費が増えることは許しません」
「まぁまぁ、そう邪険にすること無いじゃないの、ラッセル。この子、可愛い顔をしてるわよ?」
「ナ~ゴ」
メアリーがバスタオルで水滴を拭うと、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
その様子を見たオリバーは、決然とした表情でキッパリと宣言する。
「よし。それじゃあ、そいつに飼い主が見つかるまで、ここで飼うことにしよう」
「えっ、ちょっと、所長」
「ヤッタ―。バンザーイ!」
「良かったわね、猫ちゃん」
「ニャ~」
ラッセルが頭を抱えているのをよそに、他の三者は歓喜に湧いた。
――この猫を巡り、陰謀渦巻く一連の出来事に巻き込まれていくのだが、そのことを四者は、まだ知る由もなかった。




