第八話 追憶
海人の過去編です
桜東の歴史の一端が明かされる…
時は二年前、海人が桜東に入学した頃に遡る。
「おお…ここが桜東高校…楽しみだな、頑張らなくちゃ。」
まあ、誰もが目標だった、憧れであった場所を目の当たりにすればこんなことを言うだろう。
海人は、中学の頃から地区の卓球界では実力者で、高校の監督たちは海人が一体どこに進学するのか気が気でなかった。
その期待を裏切ったのか、裏切らなかったのかは知らないが、海人は桜東に来た。
海人は、父親に憧れ、昔から弁護士を目指していた。弁護士や、検事などが出てくる裁判系のドラマ、アニメを幼少期から見まくり、台詞回しを完璧に暗記して父親に披露したこともあった。その夢を叶えるためには、やはり桜東に来るしかなかったのであった。
勉強もしっかりしなければいけない一方で、海人は卓球に対しても燃えていた。去年卒業した代は結構強かったけど、最後の最後でやらかしたらしい、というのは噂で聞いていた。じゃあこの僕が、もっかい頑張ってやろうじゃないか、そう思っていた。
海人の二つ上、その当時の代は、「復活の桜東」を見ていた最後の代であり、そして「結局駄目じゃん桜東」と二年間言われ続けた代でもある。その悔しさをバネに、皆必死になって練習していた。しかし努力と熱意が空回りして、試合ではなかなか求めるような結果を出せていなかった。
そこに期待の新人、宇野海人がやってきた。まさかこんなに強い選手が入ってくると思っておらず、監督からも、先輩からも大喜びされた。そして3日後の部内戦で4位以内に入れば、団体戦のメンバーとして起用されることが決まった。
そして決戦の日がやってきた。海人は一番上のAリーグに入れられた。三年生3人、二年生2人、そして海人の6人による総当たり戦が始まった。
当然ながら海人はそのリーグの中では一番下位の扱いになるので初っ端から一番強い、エース格の先輩と当たることになった。
高校生になって初めての試合、そして高校生との初めての試合ということもあり、体が固くなって思うようにプレーができない。
なんとか途中で1セットとるものの、あっけなく破れてしまった。しかしそこで海人は吹っ切れた。
「まあいいや。あと全員やっつければいいんだ。」
海人のプレースタイルは、リーチを生かした中陣からの鋭い両ハンドドライブと、固いブロックが特徴である。
緊張がほぐれてきた海人はやっと試合感を取り戻し、ブロックで相手を振り回して次々と両ハンドを炸裂させていった。
後輩に負けるわけには行かない上級生たちは必死になって食い下がり、全力を尽くして立ち向かった。しかしラリーを続ければ続けるほど安定感と威力を増す海人のプレーを崩すことはできなかった。
終わってみれば負けたのは最初の一戦のみ。リーグ2位で団体戦メンバーの座を勝ち取った。
海人に負けた先輩たちも、悔しそうにしながらも、頼もしい後輩の存在を誇らしく思っていた。
「結局駄目じゃん桜東なんて、もう言わせるものか!みんな!やってやろうぜ!」
エースの先輩が言うと、皆それに応えた。
さて、ついに地区総体の日がやってきた。海人はダブルスとシングルの2点起用され、一年生とは思えないほどの試合ぶりを見せた。もちろん緊張していなかったわけではない。しかし、応援してくれる先輩たちの熱い思いに応えなければと、必死で戦っていた。
準々決勝まで勝ち残り、相手は第二シード校。海人は相手のエースを外して二番手起用、しっかりと勝ち星を上げる。しかし、ダブルスで二セっとを先取するも、相手に対応され、地力の差を見せつけられて敗れる。結局3-1で負けてしまった。しかし勝ち星を奪ったルーキーは称賛され、そしてここまで勝ち上がった桜東もまた認識を改められることとなった。
そして県大会。
桜東は地区を八位で抜けているため、県では当然シード下にぶち込まれた。しかし、一回戦の相手も他の地区で同じように抜けてきた学校になるので、一回は勝てるはずだ、そう思っていた。ところが勝負の世界は厳しいもので、大会のレベルが一つ上がるだけでメンタルを保つのが難しくなるのである。
上級生たちは始めて県大会の団体戦で戦うことに完全に萎縮してしまっていた。とてつもないプレッシャーに襲われていた。そして海人は初めての舞台に完全に舞い上がっていた。皆、平常心を保つことなどできなかった。
正直、実力で言えば桜東のほうが上であった。しかし、勝ち負けというのは本番に出せた力の差で決まるもの。試合はあっけなく終わった。質の低い相手のルーズボール、チャンスボールを緊張しすぎて攻められなかったり、逆に無理に攻め過ぎたり。見ているのが辛い試合だった。
そしてここで事件は起こった。あまりにも不甲斐ない試合結果に腹を立てた3年生の一人が、周りの観客に八つ当たりし始めたのだ。あまりにもひどい暴言を吐くので、一刻も速く止めなければと海人は向かった。
「先輩、辞めて下さい!悪いのは試合をした僕らです!悪態をつくなら僕らにし」
「ああっ!?ふざけんな!何様のつもりだ!三年間やってきた俺を、俺らを差し置いて試合に出たくせに、あのザマはなんなんだよ!許せるわけねえだろ!許せるわけねえんだよぉ!」
右のアッパーが海人の腹に食い込む。
「かっっ…がぁっ…」
ぎりぎりみぞおちには入らなかったものの、すぐに立ち上がれる痛みではなかった。
「おい!やめろ!自分が何してるのか分かってんのか!」
どこかの高校の保護者が止めに入った。
「うるせええぇっ!邪魔するんじゃねええぇ!」
その大人は突き飛ばされてしまった。
(やめろ…やめろ…やめろ…やめてくれよ…それ以上やったら…もう…)
騒ぎに気づいた大人たちと、先生たちが暴れる怒りの塊を必死に押さえつけた。
その人の形をしたものは、ずっと海人に向けて、怒りを、憎しみを、憤りを、全ての負の感情を、全身全霊で発し続けていた。
(ごめんなさい…ごめんなさい…僕が…僕が悪いんだ…全部…全部…)
海人は、仲間に抱きかかえられて、座席の方に戻った。海人はその後ずっとうなだれたままであった。
暴力沙汰を起こした先輩と、桜東に下された処罰は厳しかった。
まずその張本人は退学処分。そして桜東の卓球部は一年間の活動停止。海人の一つ上の先輩はほとんど部活を辞めてしまった。一年経って活動停止は解けたものの、海人はもう試合になど出たくなかったし、同級生もみな同感だった。先輩がいない状況で試合に出たところで結果は見えてる。もう一年経ったところで何も変わらない…。
海人はこの旨を顧問に伝え、卓球部はこれから部活らしい部活はしないこととした。誰も傷付かないように。海人が、忌々しい気持ちを忘れられるように。そして桜東の卓球部は静かに、静かに、消え去った。悪しき記憶とともに。
暴力はいけませんねえ…
一人だけいたなあ…暴力沙汰で自宅謹慎なった奴…