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卓球部ですが何か  作者: ENTER
一章 天夢の野望
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第五話 理由

夏休み

平成最後の

夏休み

「はい、今日やるのは式の展開だ。これから三年間やっていく数学の基礎になるような所だ。公式が沢山あるからしっかり覚えて、より速く、正確に式の計算、処理ができるようになること。いいな?」

 はーい、と口パクしながら、天夢の頭の中は卓球部のことで一杯だった。

「おかしい。どう考えてもおかしい。あれだけの戦力が揃ってて、上位に食い込めないなんて。そんなにこの地区ってレベル高いのか?いやそんなはずはねえ…。部長さんに聞いてみっか…。」

 「えーと問二。

 (4a+5b)(8a−3b)は?えーとじゃあ、天夢くん。」

「えっ?あっはい!えーっとーちょっと待って下さい?」

「おい、ちゃんと聞いてたのか授業?なんのためにこの高校に入ってきたんだよ」

「すいません…。えーっと、答えは32a^2+28ab-15b^2です。」

 答えながらも、やはり卓球部のことが頭を埋め尽くしていた。

「何のために、か。」

 先生には申し訳ないけど、それは勉強のためではない。桜東の卓球部を変えるためなのだ。そのためにも、やはりちゃんと話をさせてもらわないといけないと、改めて感じていた。

 

「お願いします。」

 ギギギ、とドアを開ける。なぜか、いつもより重い気がした。息を吸い込み、心を決めた。

「すみません。部長さんはいらっしゃいますか?」


 先輩らしき人が、ちょっと待っててね、と声をかけ、小走りで部長だという人を連れてきた。すらっと背の高い、優しそうな顔をした男だった。

「僕がここの部長をしている宇野海人うの かいとというものです。君は新入生かな?見学に来てくれてありがとうね。」

 「ああ。新入生の大和天夢というものだ。今日は部長さんに話したいことがあってきたんだ。

…単刀直入に聞く。この桜東が、これ程の戦力がありながら、県でならまだしも、地区でさえ上位にいってないのは何故なんだ?」


 「さあ、どう答えるんだ。いったい理由は何なんだ…」


 次の瞬間、その男から発せられた言葉に、天夢は耳を疑った。


「…えっ?嘘だろ…?そんな…そんなはず…」

「そっか、知らなかったのか…ごめんね。うち、大会は二代前から出ないことになったんだよ。ほんとに。そしてこの部も、一応部活ってことになってるけど、中身はほぼサークル。まあ、ゆったり、自由に卓球できるから、楽しんでいってね?」

「…は?ゆったり?自由に?ふざけんな!俺はそんなもののためにここにわざわざきたんじゃねえ!なんのために俺がこんなに努力してここに入ったと…」


「勉強するためだろう?」

「いや…ちが…」

「勉強して、いい大学に入って、良い企業に就職して、金稼いで、良い人生を送る。その第一歩にするためだろう?そのためには、部活なんてものに一生懸命になる時間はもったいない。現に、他県の超進学校も、同じような制度をとるか、または部活は二年の秋で引退する、という制度を取っている。実に合理的な手法だと思うよ。」


「そんなの…そんなの…認められるわけねえ!だったら…俺の、俺の兄貴の思いはどうなるんだよ!。どうしてくれるんだよ!」

「兄貴…?なにかここの卓球部と関係あるのかい?」

「俺の兄貴は俺より五歳年上で…ここの部長をやってたんだ…。」




 男の名は大和 天慈てんじ。天夢の、5歳年上の兄である。

 天慈は、昔から病気がちであった。特に喘息がひどくて、薬を飲まないと、ちょっと運動したり、笑ったりしたりしただけで発作が起きてしまうような体だった。薬の副作用で、体は大きくならなかった。しかし余りある情熱と、卓球への愛を持っていた。そんな兄の姿は、天夢にとって偉大であり、誇らしく、憧れであった。 


 天慈は中学校から卓球を始めた。体が小さく、弱い自分でも、楽しめそうな部活だったから、というのは何度も聞かされた話だ。


 他の競技と違い、卓球は体の大きさがあまり関係ない。そこも魅力の一つだったが、天慈の心をか揺さぶったのは、卓球の「回転」という要素である。

 しっかり回転をかけると、軽くて小さい卓球の球はまるで生き物のように動く。跳ね上がり、沈み、曲がり、うねる。それが天慈は大好きだった。すっかり卓球の虜になった天慈は、練習を重ね、実力をめきめきと伸ばしていった。


 そして天慈は天夢にこういった。

「天夢。兄ちゃんは頑張って桜東に行くよ。勉強も出来て、卓球も強いって、凄くかっこいいことだと思わないか?今は勉強だけでスポーツが出来ない高校扱いだけど、兄ちゃんがそれを変えてみせるよ。そしたらお前も勉強頑張って桜東に来いよ!」


 このとき天慈は中学三年生。そして天夢は小学五年生。兄の影響で卓球を始めてもうすぐ二年。卓球は好きだったが、勉強は全くだったので、ただ聞き流していた。


 天慈は猛勉強の末、桜東に合格し、そして卓球部に入った。幸い、天慈の思いに賛同し、勝ちたいと願うメンバーが多くいた。目標はまず県ベスト8。とにかく、桜東が勝ち残る姿を見せようと必死であった。


 まず一年目の地区総体。昨年の成績のせいで第一シードの下にぶっこまれていたためあえなく敗退。

 その年の新人戦。今度は第二シード下に入れられて敗退。

 ここまで散々だったが、それが逆に桜東に火を付けた。


 地区総体のシード決めのための冬期リーグ。桜東は圧倒的な実力差で4部リーグを一位で抜け、続く入れ替え戦も勝利し、三部昇格。

 自分たちの力で順位をどんどん上げていき、二年の冬期リーグでは3位になった。また一位、二位の高校とも肉薄した試合をしており、もしかしたらもしかするかもしれない、と言われていた。部長となった天慈はキャプテンとして、そしてエースとして桜東の支柱となっていた。


 そして最後の地区総体がやってきた。事件が起きたのは、その日だった。

 

 


Twitterかなんかで見つけた、

「この夏が、この日々が、平成最後のものだということを知っているのは俺らだけだ」

という言葉がすごく胸に刺さる。

なんかこう、不思議な、フワフワした気分になるよね。

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