第四話 希望
この作品で出てくる卓球のスタイルは、今まで私が経験したものが結構反映されてます。今回出てくる奴は、私がやった中で一番嫌いな卓球です(笑)
「お願いします」
そう呟いて、卓球場の扉を開ける。ダッシュで荷物を置き、着替えて準備を完了する。授業を終えて、ようやく至福の時間が始まる。
台の方を見ると、 はもう先輩らしき人とうち始めていた。
「ちえ、あいつをやっつけてやろうと思ってたのにな…誰か空いてる人居ないかな…」
「あのーすいませーん、僕と打ってくれませんかー?」
肩を叩かれ、振り向くと、眼鏡をかけた、少し小柄な男が立っていた。
「おっ、丁度相手を探してたんだよ。俺は新入生だが、アンタは新入生かい?」
「そうだーね。じゃあ早速たのむーよー。僕の名前は三宅晴馬 だーよ。君の名前はー?」
「俺は天夢。大和天夢だ。よろしくな。」
なんだかひどく間延びした声だ。やる気アンのかこいつ、と思ったが、一刻も早く打ちたいと言わんばかりのキラキラした瞳を見て、すぐその考えは取り消した。
「お願いします」
お決まりのラリーを何球かやってから、これまたお決まりの「サーブ二本交代」での打ち合いが始まる。
「あーごめーん。始める前に用具見せてもらってもいーい?」
「いいぜ。じゃ交換しようか」
そういってお互いにラケットを見せ合う。
天夢は裏裏なので相手は驚いた様子は見せない。逆に驚いたのは天夢の方だ。
「粘着に粒高…?どういう卓球するんだこいつ?」
やってみりゃ分かるか、と一息ついてサーブを構える。まあ、ああいうラバーへの対策は決まりきっているのだ。
カンカンッ、と音を立ててボールがコートを駆け抜ける。天夢が出したサーブはナックルロングサーブだ。
異質ラバーに対するロングサーブ。王道中の王道である。だから相手も当然分かっている。
ボールの第二バウンドに合わせて、ボールの真後ろを下方向に切り下ろす。
ここまでも想定内。それに対してライジングで緩いドライブを送る。異質ラバーは緩いボールで崩す、コレも王道だ。それに対して今度は横回転のカットブロックをサイドギリギリに送ってくる。
「くっ、ナイスコースだな…」
しかし慌てることなく同じように緩いドライブを送る。
「パァン!」
と粒高ではあり得ない音がして、ボールが右脇のあたり(ポケット)に食い込んだ。
「おぉ?」
急いで体勢を戻し、ラケットに当てる。しかしボールはネットに吸い込まれていった。
(けっ…ナックルボールか…それにしてもあの打球音、ほんとに粒高か?)
「なあ、お前のそのバック面のラバーって何なんだ??粒高なのか?」
「ふふ、みんな粒高だっていうーけど、違うんだーね。厳密に言えば変化系表ソフト、半粒なんだーね。最近女子のトップ選手で流行ってるやつなんだーね。」
「そうか、道理であんな音がするわけだ…理解したぜ…」
理解はしたが、変化系表は非常に扱いが難しいラバーだ。
変化とスピードを併せ持つ、というのが売りのラバーではある。しかし逆に言えば粒高にしては変化が出ないし、表にしてはスピードが出ない、という中途半端なラバーである。
そんなラバーを、かなり高いレベルで使いこなしている、というのをラリーを重ねるごとにひしひしと感じた。弾いたり、止めたり、引っ掛けて回転をかけたり、滑らせてこちらの回転を利用したり。まさに自由自在に使いこなしている。こちらは前後左右に振られながら、色々な回転の変化に対応しなくてはならない。また、攻めさせまいとバックに送っているのに、普通にドライブを打ってきたり、フラットで叩いてきたりするので、ほんとうにややこしい。
また、フォア面に貼っている粘着もなかなか厄介である。まず、フォアのドライブがとてつもなくゆっくりで、浅く、低いのだ。まるでラケットを振った後にボールが飛んできているかのようだ。速いボールは受け慣れているが、遅いボールはなかなかタイミングが取れず、角度も合わない。また、強力なドライブ回転と、打球の低さが相まって、ボールがラケットの下に沈み込んでいくような感じになる。
「ほんと、初見殺しの極みみたいな卓球しやがる。大会で絶対やりたくないタイプだな…」
フォアもバックも飛ばないラバーなので、後ろに下げたらどうかと思って大きく左右に振ってもみた。あまり体が大きくないのと、フットワークがそうでもないのとで、簡単に下がってくれる。ただ、そこからがまた大変だった。下がってからのプレーがやたらと上手いのだ。ただロビングをするだけでなく、伸ばしたり、曲げたり、自由自にやってくる。なんかみたことある…と思った。途中からはカットもしだす。そしてこちらの体勢が崩れると、いつの間にか前にいて、綺麗に撃ち抜かれる。
(自分の弱点は把握済みってか…。ふっ、ますます面白え!でもな…お前の唯一カバーできてない弱点は…コレだ!)
今度は、天夢は のサーブをフォア側に深く突っついた。 は体勢を崩し、飛びつきながらループドライブ。遅い、とてつもなく遅い。そして非常に回転のかかったドライブ。ただ、分かっていればただのチャンスボール。引きつけて、引きつけて、待って、待って…
「…ここだ!」
一瞬体を開き、バックに打つと見せかけて、フォアに思い切りカウンターをお見舞いした。体勢も整わず、完全に逆を付かれた は、流石にボールに触ることも出来ない。
「あーあ、もー気づいちゃったんだーね。あれをやられるとどうしようもないんだーね。ああなったらもうカットマンになるしかないんだーね」
「それもそれで嫌だけどな!」
「んー、もう時間なんだーね。今日は楽しかったーね。また今度頼むよー」
「ああ、また宜しくな!」
「…ほんとに、毎日毎日、色んな強くて面白いやつと卓球できるな…。明日は、どんなやつとできるかな!」
月が、青白く天夢を照らしていた。桜が咲くまで、あと、ほんの少しだ。
前書きとあとがきをどうかき分けたらいいかわかりません