第三話 仲間
カットマンというと、皆さんは誰を思い出すんでしょうか?やっぱりリオのシングルスで福原愛、石川佳純を破った北朝鮮のキムソンイでしょうか。または団体戦で最後の一点をエッジで終わらせたドイツのハン・インでしょうか?
私は最近は橋本帆乃香が好きですね。
「はあっ!」
「そいや!」
「くらえ!」
「おらぁ!」
気付けば、天夢自身がこんな声を発していた。
楽しくてしょうがない。自然と笑みが溢れる。長く辛い受験勉強の甲斐があったというものだ。ただただ無心で、ボールを追いかけていた。
そしてなんとも自分は幸運な人間だと思った。「桜東の歴史を変えるぜ!」などと言ってはいたが、自分の実力にそんなに自信があったわけでもないし、恐らく周りの人間は卓球が対して上手くないんだろうと思っていた。しかしその予想はいい意味で裏切られた。
正直言って結構レベルが高い。もしかしたら誰にも勝てないかもしれない。なのにどうして名が上がってこないのか。不思議でしょうがなかった。でも、今年は、今年からは絶対に変わる。その確信があった。
ただ、問題は一つ。この目の前にいるドヤ男…もとい大野泰を、全く攻略できそうに無いことである。
天夢はカットマンが苦手なわけではなかった。下回転はしっかり上げられるし、コース取りも理解していた。ただ泰は、とにかく異質なのだ。もともと異質なカットマンに、更に異質を重ねたような卓球をするのだ。
まず一つ。泰はフォアカットが「ド」ナックルなのだ。フォームを見る限り、如何にもしっかり回転がかかっているかのように見える。低い軌道で飛んでくるそのフォアカットを、何も考えずにドライブすると、ボールを天高く打ち上げることになる。やってみるとわかるが、これをずっとやっていると本当にイライラして、集中を保てなくなる。
これは泰のボールを何球も受けて、やっと分かったことだった。しかし、分かってもなかなか取れないのが卓球の難しいところ。カットマンとやっているとどうしてもラリーが続く。そして攻撃側が焦れてしまうのだ。そのタイミングがわかっているかのように、奴はフワッと浮いたボールを送ったり、短いカットを送ったりする。浮いたボールがくれば当然強打に行ってしまい、揺れるナックルボールに手元を狂わされ、決められない。短いボールはドライブ出来ないので、ツッツキで置きに行こうとする。しかしこれまたナックルなので、返球は浮いてしまい、泰の絶好球となり、逆に強打を叩き込まれる。
そうそう、奴のもう一つ異質なところは、やけに攻撃能力が高いことなのだ。まあフォアドライブだけならまだ分かる。ただこの男、反転してバックバンドまで振れるのである。
普通のカットマンが攻撃してこない、攻撃できないところで、コイツは攻撃を仕掛けてくる。カットのゆっくりなボールに目も体も慣れてしまっており、まともに反応が出来ない。回り込んでクロスに送ったドライブをバックバンドでカウンターされた時には流石に心が折れた。つまり、この男を倒すには、ナックルボールと、いつ来るか分からない攻撃という2つの難関を超えねばならないのだ。思わず溜息が漏れる。しかし、こんな男が味方にいると思うと心強いことこの上ない。いつか絶対ブッ倒す。そう心に決めて、今日の練習を終えることにした。
「そういえば泰って家どの辺なの?」
「僕は中丘の方だよ」
「あれ、俺の家林松だから、途中まで道同じじゃん。一緒帰ろうぜ。」
「うん。いいね。」
二人は卓球場に一礼し、靴を履き替えて自転車置き場へと向かった。
春の夜風が、自転車を漕ぐ二人を包み込む。運動後の火照った体には最高だ。
「なあ、泰ってどうしてここを志望したんだ?あんだけ卓球できりゃ、も少し卓球できるとこに行っても良かったんじゃないのか?」
「まあ、そう言えばそうなんだけどね。実は僕の父親が開業医やってて、僕は長男だから、医者になってそこを継がなきゃいけないんだ。だからここを選んだんだ。天夢はどうしてここを選んだの?」
「俺は…桜東でどうしても卓球をしたかったんだ。桜東じゃなきゃだめだったんだ。」
「うーん、なんか答えになってるようななってないような。そんなに卓球やりたきゃそれこそ他の学校に行けばよかったじゃん」
「そりゃそうだよな…でもここじゃなきゃいけない理由があるんだ。申し訳ないけど、その理由はまだ言いたくない。」
「そっか…まあ、後ほど聞かせてくれればいいよ。」
「悪いな」
「あ、僕ここ右に曲がるんだけど。」
「ん、俺は左だ」
「じゃあ、ここまでだね。今日は楽しかったよ。また明日。」
「おう、明日こそはやっつけてやるよ」
そういって二人は別れた。
まだまだ咲きそうにない、しかし着々と開花の準備を進める桜の蕾が、月に照らされて揺れていた。
最近はもう暑くてしょうがないですね…
家の冷房をなるべく付けなくていいよう、色んな涼しい場所に長時間居座るクズ人間です